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第28回 商標「フランク三浦」事件の意味するところ

鈴木壯兵衞

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テーマ:商標出願の仕方

 2015年9月8日に特許庁は、スイスの高級腕時計「FRANCK M ULLER」を連想させるとして、大阪市の(株)ディンクスがパロディ商品に付した商標「フランク三浦」の登録を無効とする審決を出した。しかし、(株)ディンクスはこの審決を不服として登録無効の審決を取り消すよう2015年10月16日に知財高裁に出訴した。知財高裁は2016年4月12日に審決の取り消しを命じる判決をした(平成27年(行ケ)第10219号 無効審決取消請求事件)。

 高級腕時計「Franck Muller」の商標の所有及び管理は、Franck Muller グループのFMTM Distribution Ltd.が行っている。Franck Muller Trade Mark (FMTM) Distribution Ltd.は、イギリス領ヴァージン(Virgin)諸島トルトラ島 (Tortola)に本社がある。

 ヴァージン諸島は、「パナマ文書」の流出で話題となっているペーパーカンパニーの設立地であるタックスヘイブン(租税回避地)の一つとして有名である。Franck Muller グループの他の主要組織であるGroupe Franck Muller (GFM) WatchlandS.A社は、スイスのレマン湖畔のジャントー(Genthod)村に拠点を持つ。

 Franck Muller グループには、イギリスで1789年に創業した世界最古のダイヤモンド商社バックス&ストラウス(BACKES&STRAUSS)も含まれている。

 この裁判ではパロディ商品に商標権が認められるかというところに目がいきそうであるが、争いの本質は商標が類似しているか否かということである。今回は商標の類似について考えてみる。

§1 商標とは何か:

 商標法第2条には「商標」を定義する規定がある。その定義規定には以下のように記載されている。

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第2条  この法律で「商標」とは、人の知覚によって認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの(以下「標章」という。)であって、次に掲げるものをいう。
1  業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの
2  業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの(前号に掲げるものを除く。)
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 1996年の商標法改正により、「立体的形状」が標章の1つであることになり、2014年の商標法改正によって、「色彩」「音」「動き」「ホログラム」「位置」が含まれるようになったので、「立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの」が商標法上の「標章」である。
 
 即ち、ドイツ語でWarenzeichen(商品標)と呼ばれるように、商標とは文字、図形、記号等の単独の「標章」のみを意味するのではなく、特定の個性化された商品や役務(サービス)と共に使用されるものをいうのである。

 したがって、商標が特許庁に出願されたとき、特許庁は「標章」の類比と商品や役務(サービス)の類比の両方を審査する。原告(株)ディンクス及び被告FMTM Distribution Ltd. の指定商品には時計が含まれ、指定商品を共通にしているので「標章」の類比を判断することになる。

 特許庁における商標登録の審査と同様に、商標権の侵害事件でも、標章(商標)の類比と商品や役務(サービス)の類比の両方が判断される。表1に示すとおり、欧州共同体やでは日本と異なり、商品又は役務が非類似でも侵害になる場合もある。

 又、米国では出所混同の恐れの有無や希釈化の虞等が商標権の侵害の判断の要素になっている。

【表1】

§2 標章(商標)の類比はどのように判断されるのか:

 対比される商標が同一又は類似の商品に使用される場合には、その商品に使用される標章(商標)の、
  (a) 外観(目から入ってくる外形的要素に対する視覚的印象)が類似しているか、
  (b) 観念(頭の中の意味的要素に対する記憶や連想等)が類似しているか
  (c) 称呼(耳から入ってくる音声的要素に対する聴覚的印象)が類似しているか
を総合して全体的に判断される。

【図1】

 昭和43年に判決が出た最高裁昭和 39年 (行ツ) 110号 「氷山印事件」では以下のように判示している:
-------------------------------------------------------------------------------------
商標の類否は、対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断するのを相当とする。
-------------------------------------------------------------------------------------
 氷山印事件の判示する内容は、それ以前の『外観、観念、称呼のうち一つでも類似していれば商標は類似である』という判例・学説を変えるものであり、画期的な判決である。この昭和43年の最高裁判決がその後の判例を支配することになり、「Franck Muller」の商標の類比判断でも踏襲されている。

 今回の平成27年(行ケ)第10219号では、原告(株)ディンクスの商標が、被告FMTM Distribution Ltd.の保有している3つの引用商標1、2、3と類似する商標か否かが知財高裁で判断がされた。

 原告の商標は、図2に示すとおり、片仮名の「フランク」と漢字の「三浦」を結合したものを手書き風に表現したものである。そして、漢字の「浦」の右上の「、」がないので当用漢字等には存在しない文字記号である。

【図2】出典:商標登録第5517482号公報(J-Plat Pat)



 引用商標1は、「フランクミュラー」という片仮名の標準文字であるので、「フランクミュラー」の称呼が生じる。引用商標2は「FRANCK M ULLER」の欧文字表現であり「フランクミュラー」の称呼が、引用商標3も「FRANCK M ULLER REVOLUTION」の欧文字表現なので、「フランクミュラーレボリューション」との称呼が生じる。

 原告の商標の称呼と引用商標1の称呼は第5音目以降が「ミウラ」と「ミュラー」である点で異なっている。しかし、知財高裁は全体の語感や語調が近似して紛らわしいものというべきであり、原告の商標と引用商標1は称呼において類似すると判断した。

 その一方で、原告の商標は手書き風の片仮名及び漢字を組み合わせた構成であり、引用商標1は片仮名のみの構成であるから外観において明確に区別し得ると判断した。さらに、「フランク三浦」から日本人ないしは日本と関係を有する人物との観念が生じるのに対し、引用商標1からは、外国の高級ブランドである被告商品の観念が生じるから、両者は観念において大きく相違すると判断した。

 更に、原告の商標及び引用商標1の商品において、専ら商標の称呼のみによって商標を識別し、商品の出所が判別される実情があることを認めるに足りる証拠はないと判断し、原告の商標と引用商標1は、称呼においては類似するが外観が明確に区別し得るものであり、観念においても大きく異なるものであるので同一又は類似の商品に使用されたとしても、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるとはいえないと判断した。

 このように観念や外観が大きく相違すると判断した上で、被告の商品 は、多くが100万円を超える高級腕時計であるのに対し、原告の商品の価格が4000円から6000円程度の低価 格時計であって、その指向性を全く異にするものであって、取引者や需要者が、双方の商品を混同するとは到底考えられないから両商標が類似するものとはいえない判断している。

 上述した最高裁昭和 39年 (行ツ) 110号 「氷山印事件」では以下のように判示している:
==========================================================
商標の外観、観念または称呼の類似は、その商標を使用した商品につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず、従つて、右三点のうちその一において類似するものでも、他の二点において著しく相違することその他取引の実情等によつて、なんら商品の出所に誤認混同をきたすおそれの認めがたいものについては、これを類似商標と解すべきではない。
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§3 平成27年(行ケ)第10219号における知財高裁の判断

  知財高裁は、引用商標2及び3との類否についても、称呼は類似するが観念においては大きく相違し、外観において明確に識別し得ると判断し、無効審判で商標法4条1項11号に該当するとした特許庁の判断に誤りがあるとした。

 今回の知財高裁では以下の商標法第4条第1項第10号 、第11号、第15号及び第19号に規定されている「商標登録を受けることができない商標」の要件についての特許庁における審決の判断が間違であるとされた。
 
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 10  他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であって、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
 
 11  当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であって、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務(第六条第一項(第六十八条第一項において準用する場合を含む。)の規定により指定した商品又は役務をいう。以下同じ。)又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
 
 15  他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)
 
 19  他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)
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 知財高裁の商標法第4条第1項第10号 、第11号、第15号及び第19号についての判断の詳細はここでは省略する。しかし、例えば、商標法第4条第1項第15号についての判断では、知財高裁は、「第15号の要件を満たすかどうかの判断が重要であり、原告の商品が被告の商品のパロディに該当するか否かによって判断されるものではない」と判示していることに注意すべきである。

§4 手書き字体による外観非類似の印象の取得

 平成27年(行ケ)第10219号の判決では図2に示したように、「フランク三浦」を手書き風に表現したことが外観非類似と判断された理由の大きな要因となっていると思われる。商標出願に際しては、手書き風文字等の字体による印象が重要になる場合があることに留意すべきである。

 なお、似たようなパロディ事件である知財高裁平成24年(行ケ)第10454号審決取消請求事件では、著名な商標である「PUMA」に登録商標「KUMA」が類似するかが争われた。知財高裁においても外観上酷似し、出所混同を生ずるおそれがあるとされ、特許庁の無効の判断が維持され、登録商標「KUMA」が無効になっている。

 昭和43年の最高裁判決( 「氷山印事件」)以前は称呼だけの類似が重要視される傾向があった。しかし、電話のみによる取引等の称呼のみで取引がされる場合は希であり、実際の取引の事情からは、商標の外観類似の方が問題になる場合が多いであろう。

 図3の商標も図4の引用商標に称呼が類似することから商標が類似するという判断の無効審決を特許庁が出したものである。その後、知財高裁は取引の事情を考慮した上、外観が非類似であるから図3と図4の商標が非類似と判断し、特許庁の無効審決が取り消された例である(知財高裁平成23年(行ケ)10040号無効審決取消請求事件)。

 商標法第2条に規定されている「商標」の定義に対し、1996年の商標法改正で組み込まれた「立体的形状」や2014年の商標法改正によって組み込まれた「色彩」「動き」「ホログラム」「位置」は、外観(視覚)に依拠する標章である。ただ一つ2014年の商標法改正によって組み込まれた「音」のみが聴覚に依拠する「標章」である。現代の商取引は外観(視覚)による印象が重要になってきていると考えるべきであろう。

§5 脳は「称呼」と「外観」をどのように入力して信号処理をするのか?

 人間の脳の認知メカニズムから検討すると、耳から入る称呼(「話し言葉」)の情報は、7ビット(=128)のデジタル信号であるフォニット (Phonit)として脳に直接入力され、脳内でフォニットによって信号処理されるようである。言語によって異なるらしいが、日本語の場合112種類の音節があり、日本語は、7ビットの信号に直接変換可能なので、いきなりデジタル入力できるようである。しかし、アナログな音響成分はアナログ入力されてから7ビットのデジタル信号にD/A変換されて、フォニットの信号になるそうである。

 つまり、2014年の商標法改正によって、新たな「標章」として組み込まれた「音」は、外観(視覚情報)が、目の網膜の2次元空間に展開する点や線のアナログ画像として入力されて7ビットのデジタル信号にD/A変換のと同様な性質の情報なのである。「音」は、人間の脳の認知メカニズムからすれば、新たな「称呼」として商標法に導入されたのではないといえる。

 既にこのコラムの第10回(発明は天才のひらめきによるものではない)で説明したとおり、モーツァルトは、「音楽を書いているのではなく、既に頭の中に譜面ができあがってる作品を単に書き取っているだけなのだ」と説明している(田中孝顕訳、ウィン・ウェンガー/リチャード・ポー著、『アインシュタイン・ファクター』、きこ書房、2009年、p216)。メロディ等の音の「標章」は画像情報に近い性質を有しているととらえるべきである。

 そして、メロディや外観等の画像情報のように、アナログ情報として人間の脳に入力されてから、7ビットのデジタル信号にD/A変換されるような性質の情報の方が、人間の脳に記憶し易いということも誰もが経験していることであると思う。

 ANSI(米国規格協会)が規格化した英文の文字コードASCII(アスキー)は7ビットである。英語圏の文字は合計102種なので7ビットで対応できる。標準文字が具現する「称呼」は、「外観」に比して少ない情報量なのである。そして「観念」は脳内におけるフォニットによる信号処理の結果物である。

 大正時代には、農商務省特許局商標課長を勤められた村山小次郎先生が、ドイツのオステルリート氏の学説を引用し「外観を主とし、称呼を従とし、観念は補助的な作用をなすにすぎないと解すべき」と説明していた(村山小次郎著『四法要議』巌松堂書店,1922年, p338)。

 しかし、その後の特許庁の審査の実務は、外観、称呼、観念のいずれかが類似していれば商標は類似との判断基準になっている。『四法要議』は非常に難解で、特許局技手(審査官)の中にも購入したけれど一度も読まなかったという方がおられたようである。

 辨理士・技術コンサルタント(工学博士 IEEE Life member)鈴木壯兵衞でした。
 そうべえ国際特許事務所ホームページ http://www.soh-vehe.jp

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専門家

鈴木壯兵衞(弁理士)

そうべえ国際特許事務所

外国出願を含み、東京で1000件以上の特許出願したグローバルな実績を生かし、出願を支援。最先端の研究者であった技術的理解力をベースとし、国際的な特許出願や商標出願等ができるように中小企業等を支援する。

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