第56回 特許庁と裁判所では技術を見る視座が逆
§1 特許出願チャレンジ講座の課題
6月18日(青森)、6月19日(八戸)で開催された2013年特許出願チャレンジ講座の第1回レポートの課題は以下のような内容である:
『 平成6年の法改正により、特許請求の範囲に記載しなければならない事項が「発明の構成に欠くことのできない事項」から「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべて」(特許法36条5項)に改められ、機能・特性等により物を特定することが原則可能となった。
このため、我が国においては、発明が明確である限りにおいて、その発明の技術的特徴が機能的表現にある場合に、米国特許法第112条第6パラグラフのような限定解釈の規定が存在しないにも拘わらず、同様の限定解釈を平成6年法下において行うことは問題があるとの指摘がある(竹田稔著「知的財産権侵害要論第3版」第35頁参照。)。又、米ワシントン大学の竹中教授は、平成6年改正以降は、クレーム文言から一義的に理解できる範囲で文言侵害が認められ、日本における最終的な保護範囲は米国の保護範囲よりずっと広いものになるのではないかと発言している(「知財研フォーラム」第35号第31頁参照。)。
さて、被告が、「芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され、全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺であって、該アイスクリームは、外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とするアイスクリーム充填苺」を製造販売しているとき、この行為は別紙に添付した平成13年出願(平成6年改正後の出願であることに留意せよ。)に係る特許第3359624号に記載された特許権を侵害するか否かを、理由を付して論ぜよ。
但し、被告製品には、寒天及びムース用安定剤は含まれていない。』
第1回レポートの課題は実際に裁判で争われた事件を対象としているが、第1回レポートの課題の模範解答はない(実際に、この事件は当事者同士が和解してしまっている)。
§2 特許の争いに模範解答はあるのか
前回のコラムで関孝和の著書『発微算法』には方程式が書かれているだけで、解答が記載されていないことを説明した。法律上の争いにおいても、模範解答のない場合は多い。
1994年の元プロフットボール選手O・J・シンプソンの元妻とその友人が殺された事件の刑事裁判では、O・J・シンプソンの殺人が否定された無罪判決となったが、この刑事裁判の判決結果は、果たして模範解答といえるであろうか。
「世紀の裁判」と呼ばれたこの事件は、全米で有名な検察・弁護士が出揃ったが、誰の目から見ても、経験豊富で有名な弁護士達のチームで組織された弁護団の方が質量ともに検察を凌いでいることは明らかであった。ドリームチームからなる弁護団は、法の許す範囲において、特殊な方程式を導いて、O・J・シンプソンを無罪としたのである。
冒頭に記載した特許出願チャレンジ講座の第1回レポートの解答は、実は、侵害でも非侵害でも、どちらでもよい。重要なのは、侵害の結論を導いた方程式はどのようなものであったか、或いは、非侵害の結論を導いた方程式の根拠はどのようなものであったかという理由付けや考え方の筋道(論理構成)である。
§3 特許の侵害事件で、通常用いられる方程式
特許の侵害事件で、通常用いられる方程式は以下の3つである。
(イ)第1方程式:特許請求の範囲に記載された文言どおりの解釈で、被告製品が原告の特許権を侵害しているか;
(ロ)第2方程式:均等論が適用可能か;
(ハ)第3方程式:出願経過禁反言の原則を考慮した場合、被告製品が原告の特許権を侵害しているか;
第2方程式と第3方程式については、6月25日(青森)、6月26日(八戸)で開催された第2回特許出願チャレンジ講座で説明した内容なので、第1回レポートの出題範囲ではない。特許出願チャレンジ講座の第1回レポートでは第1方程式の考え方を尋ねたのである。第1回レポートの出題の題意は、この第1方程式には特別解があることを知っていただくことであった。解答はどのような背景情報を用いるか、どのような方程式を用いるかによって変化する。
そして、最も重要なことは、なぜ、第1回レポートの内容が裁判で争われることとなったのか、という理由である。裁判で争われることとなったという事実だけで、特許明細書の書き方に不備があった、という重要な留意事項があるということを知っていただくのが、特許出願チャレンジ講座の目的である。
辨理士・技術コンサルタント(工学博士 IEEE Life member)鈴木壯兵衞でした。
そうべえ国際特許事務所ホームページ http://www.soh-vehe.jp