「無理するな」と声かけするときの危うさ
これまで「ストレスマネジメントの日」の心のコラムでは、さまざまな人間関係や日常の言葉の中に現れるグレートマザーについて考えてきました。
今回は、「うつ」の背景にあるグレートマザーのはたらきを取り上げます。
「うつ」の背景には、
● 遺伝や身体的な要因
● 「うつ」になりやすい考え方や物事の受け止め方
など、さまざまな要因が関係すると考えられています。
ここではその中でも、人との関係性が心に及ぼす影響という視点から、「うつ」の背景を考えてみたいと思います。
奥深く、多様なテーマが潜んでいる「うつ」
一口に「うつ」といっても、その背景や体験はさまざまです。
たとえば、
● 「うつ病」や「双極性障害」など、医療機関で診断・治療を受ける「うつ」
● 心理的な成長や変容の過程で体験する、深い落ち込みや立ち止まりとしての「うつ」
● ネガティブ・ケイパビリテに通じる、すぐに答えを求めず、苦しさや不確かさの中にとどまる心のあり方の中で経験する「うつ」
などです。
また、「うつ」の強さもさまざまです。
● 生活や仕事に影響が出て、医療的な治療が必要になるほどの「うつ」
● 睡眠や休息をとることで回復していく落ち込み程度の「うつ」
● 生きることそのものが苦しくなり、死を求めたくなるほどの「うつ」
強さや背景は違っていても、気持ちが沈み込み、何もする気になれなかったり、自分の存在に価値や意味を感じられなくなったりする体験は、多くの人が一度は経験したことがあるのではないでしょうか。
もちろん私にもあります。
呑み込まれてしまうようなグレートマザーのはたらきと「うつ」
心理カウンセリングの中で、「うつ」の体験について、次のようなお話を伺うことがあります。
● 「真っ黒いようなもの」「得体のしれないもの」に呑み込まれる
● 底なし沼に引き込まれ、沈み込んでいくような感覚になる
● 自分の存在価値や意義がなくなってしまうように感じる
● 樹海のような深い森に包み込まれ、その中に消えてしまいたくなるような感覚がある
「呑み込まれる」「沈み込む」「包み込まれる」。
こうしたイメージには、ユング心理学でいうグレートマザーのイメージと重なるところがあります。
グレートマザーは、私たちを包み、守り、育む母性的な力である一方、ときには私たちをその中に呑み込み、外の世界へ出ていくことを難しくする力としても現れます。
私は、こうした「呑み込まれるようなうつ」の背景を考えるとき、「グレートマザーのはたらきという視点が役立つことがある」と考えています。
乳幼児期の養育者との関係性とグレートマザーのはたらき
子育てをする過程で、子どもの成長や自立に不安を感じない人はいないでしょう。
● 「危険な目に遭わないだろうか?」
● 「心身の健康は大丈夫だろうか?」
● 「人間関係で傷つかないだろうか?」
● 「悲しい思いをしたらかわいそう……」
子どもに対するこうした不安から、養育者は子どもを守ろうとします。
そして、その「守ろうとする力」は、養育者自身が抱えている不安の強さが影響していることがあります。
たとえば、
●大切な人を喪失した体験がある
●戦争や災害に遭遇した
●事故や事件を身近に体験している
●出産時に子どもの生命が危ぶまれた
●日常的に生きることや死ぬことについて深い不安を抱えている
など、養育者自身が生命にかかわるような体験を通して、強い不安や心理的な課題を抱えている場合があります。
そのようなとき、子どもに向ける不安は強くなり、「守らなければ」という気持ちも当然、強くなるでしょう。
しかし、その不安や「守りたい」という気持ちは、もともとは養育者自身の体験から生まれたものです。
養育者自身の不安を養育者自身が守ろうとしているにもかかわらず、私たちは無意識のうちに、自分の不安を子どもに重ね合わせ映し出し、強い「守り」の気持ちで子どもと接してしまうことがあります。
ここに、グレートマザーのテーマが現れてきます。
子どもを「守らなければならない弱い存在」にしてしまう心理
本来、子どもはさまざまなことに興味を持ち、遊びや冒険を通して自分の世界を広げ、人とのつながりをつくりながら成長していく存在です。
その過程では、失敗することもあります。
危険なことをしてケガをすることもあれば、人間関係の中で傷つくこともあります。ストレスを感じて元気がなくなることもあるでしょう。
そんなとき、子どもは養育者のもとで甘え、慰められ、安心を取り戻し、再び外の世界へ向かっていきます。
ところが、養育者自身が強い不安や心理的な課題を抱えていると、子どもを「自分が守らなければならない弱い存在」として見てしまうことがあります。
すると、傷ついたり、ストレスを感じたりして養育者のもとに甘えてくる子どもの姿が、「やはりこの子は弱い」「この子には自分がついていなければならない」という確信を強めることがあります。
そして子どももまた、養育者の不安や過剰な心配を感じ取っていきます。
●「自分は弱いのかもしれない」
●「親を心配させてしまう、ふがいない人間なのかもしれない」
●「ちょっとしたことでも傷ついてしまう自分は、弱い人間なのかもしれない」
そんな自己イメージが、少しずつつくられていくことがあります。
しかし、それは本当に「自分そのもの」なのでしょうか?
もしかすると、「守る-守られる」という関係性の中でつくられてきた「自分そのものではない自分のイメージ」なのかもしれません。
さらに、子どもの側からも親の不安を守ろうという心理から、子どもは養育者を不安にさせまいと、冒険したり、失敗するような体験を避け、世界を広げようとはしない様式を身につけていくかもしれません。
グレートマザーの「うつ」に心理カウンセリングで取り組む意味
親子の相互的な関係性の中で、養育者の不安と子どもの「弱い自分」という感覚が、お互いに影響し合うことがあるかもしれません。
そして、その関係性が長く続くことで、「自分は弱い」、「自分には何もできない」という感覚が身につき、「うつ」も増幅していき、本人の中に深く根づいていくことがあります。
やがて「うつ」が、
●「得体のしれない、真っ黒いようなものに呑み込まれてしまう」
●「底なし沼に沈み込んでいく」
●「自分の存在価値や意義がなくなってしまう」
といった体験として現れることもあります。
私は、こうした「呑み込まれるようなうつ」の背景を考えるとき、そこにグレートマザーのはたらきを見ることがあります。
心理カウンセリングでは、現在の「うつ」だけを見るのではなく、その背景にどのような人間関係があり、どのような心のあり方が形づくられてきたのかを、「うつ」の体験を一緒に見つめていきます。
そして、これまで自分を守ってきたはずの「守る-守られる」という関係性が、いつの間にか自分を縛り、可能性を狭めていないかを考えていきます。
それは、負のグレートマザーの力から少しずつ距離を取り、「本来の自分」に向かう新たな体験の様式を紡いでいくプロセスでもあります。
● 「どうして、こんなに気持ちが沈んでしまうのだろう」
● 「なぜ、自分には何もできないように感じるのだろう」
● 「休んでも、安心しても、なぜかまた沈み込んでしまう」
もしそんな感覚が続いているのであれば、症状だけではなく、その背景にある人との関係性や、自分の中にある心の構造を一緒に見つめてみることも、一つの方法かもしれません。
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【過去のグレートマザーシリーズ】
第1回 仲良し家族・空気を読む職場・みんなで頑張る学校に潜む心理的病理――グレートマザーとメンタル不調の関係
第2回 仲良し家族なのに苦しいのはなぜ? 愛という名のもとに潜むグ
第3回 職場が息苦しい理由とは? 空気を読む文化とメンタル不調の心理構造――組織に潜むグレートマザー心理
第4回 「やさしいのに苦しい」のはなぜ? 母性と父性、グレートマザー心理を考える
第5回 日常会話の中に現れるグレートマザーを見抜く――「みんなだから」「私とあなたの仲でしょう」への違和感


