心理カウンセリングをお考えの方へ
今回から、グレートマザーと「ひきこもり」との関連について考えてみたいと思います。
「ひきこもり」という言葉が現在のような意味で使われるようになったのは1980年代以降とされ、1990年代以降、社会的な問題として広く知られるようになっていきました。
少し整理してみましょう。
ひきこもりの定義と背景
厚生労働省の「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」では、ひきこもりを、
「様々な要因の結果として社会的参加(義務教育を含む就学、非常勤職を含む就労、家庭外での交遊など)を回避し、原則的には6か月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念」
と定義しています。
ここで大切なのは、ひきこもりは病名でも、単一の疾患でもないということです。
「病気」「傷つき体験」「いじめやハラスメント」「家族関係」など、生物学的、心理的、社会的なさまざまな要因が絡み合って生じる現象として捉えることができます。
何らかの理由で周囲の環境に適応することが難しくなったとき、「ひきこもる」という状態は、誰にでも起こり得るものです。
ひきこもることによって、強いストレスを避け、ひとまずの安定を得る。
しかし同時に、そこから外へ出ていくことが難しくなる。
ひきこもりには、そのような側面があります。
ここでは、ひきこもりを理解する一つの心理的な視点として、グレートマザーの心性に焦点を当てて考えてみたいと思います。
甘えでも、過保護でもないひきこもり
いまだに、「ひきこもりの原因は親のせいだ」という考え方は根強いかもしれません。
また、ひきこもり状態にある人の家族について、
●「育て方を間違った」
●「甘やかしすぎた」
●「親が過保護だった」
などと考えてしまうこともあるでしょう。
こうした通念があれば、家族が自責感を抱くのも無理はありません。
しかし、このような理解だけでは、ひきこもりの本質や支援を考えるうえで、十分とは言えないのではないでしょうか。
なぜなら、ひきこもりは単純な「甘え」でも「過保護な関係」でもなく、本人にとっては、
「外に出ることが安心できないから出ることができない」
という状態として理解できるからです。
そして私は、ここに、これまでお伝えしてきたグレートマザーの「守る、包む」というはたらきとの接点があるのではないかと考えています。
ひきこもりの心性とグレートマザー
まず強調したいことがあります。
ひきこもりは、「怠惰」でも「甘えすぎ」でもありません。
その人にとって、その時点では、自分を守るための切実な方法になっている場合があります。
例えば、次のような「こころのつぶやき」があるかもしれません。
●「外に出たら、自分の存在がなくなってしまうのではないか」
●「ちゃんとできない、迷惑をかける自分には、存在する価値などない」
●「迷惑をかけるくらいなら、何もしないでここにいた方がいい」
●「失敗したら、二度と取り返しがつかないことになる」
しかし、反対から見れば、
〇「ここにいれば、確かに存在できる」
〇「誰にも迷惑をかけない自分でいられる」
〇「失敗もなく、安全に、自分を維持することができる」
という状態でもあります。
そこには、外の世界から距離を取り、守られ、包まれた世界に身を置くことで、なんとか自分を保っている心のはたらきがあるのかもしれません。
これは、グレートマザー的な世界の一つの現れとして考えることができます。
これまで何度も書いてきましたが、グレートマザーとは、性別を問わず、私たちの心に備わっている「生命を守り、包み込み、育もうとする力」です。
それは、無意識の奥底にある根源的なはたらきです。
そして、この根源的な力には、強烈な二面性、つまり両価性があります。
◇ 正の側面:慈しみ、保護し、育てる力
◆ 負の側面:呑み込み、離さず、成長を止める力
つまり、グレートマザーは、「良性」としても「悪性」としても現れます。
ひきこもりという状態を、このグレートマザーの両価性から眺めてみると、
◆ 守るが、挑戦させない
◆ 包むが、送り出さない
◆ 一体化はあるが、分離がない
◆ 不安は下げるが、不安に耐える力を育てない
という姿が見えてくることがあります。
「守ること」が、そのまま「閉じ込めること」にもなってしまう。
ここに、グレートマザーの持つ両価性が表れているのではないでしょうか。
回復への第一歩と、そのために他者ができること
こうしたグレートマザー的な心性は、本人が意識的に選んだものとは限りません。
これまでの養育者や他者との関係、社会との関わり、傷ついた体験などを通して、少しずつ形づくられてきた「他者」や「世界」のイメージが、そのような心性として表れている場合があるかもしれません。
つまり、自分の心の中に、
「守ってくれるけれど、外へは出してくれない他者」
のようなイメージが存在しているということです。
こうした心性の背景を少しずつ紐解いていくことは、回復に向けた第一歩になるのではないでしょうか。
◇自分の心の中にある「他者」や「世界」のイメージはどのようなものなのか。
◇それは、どのような体験によってつくられてきたのか。
こうしたことを理解していくことなしに、自己の変化は生まれにくいのではないかと私は考えています。
グレートマザーの心性から考えるなら、回復への第一歩は、必ずしも「就労すること」や「外出すること」ではありません。
むしろ、
◆ 世界は、呑み込まれる・評価される・傷つく場所である。
◆ 他者は、侵入してくる・過剰適応を求める・失望させる存在である。
◆ 自分は、外に出たら壊れる・役に立たない・恥ずかしい存在である。
といった、
「安全か、危険か」
という二分された世界の中で、少しずつ自己や他者、世界のイメージが変化していくこと。
そして、
「安全であり、危険もあり」
という「あいだ」をもった心が少しずつ育まれていること。
そのことこそが、回復への大切な一歩になるのではないでしょうか。
そして、そのような変化が生まれるための「場」や「関係性」を提供すること。
それが、本人の外側にいる私たちにできることなのかもしれません。
ひきこもることを、ただ「外へ出るべき状態」と見るのではなく、
「なぜ、そこにいることが必要だったのか」という視点から眺めてみる。
そこから、ひきこもりとグレートマザーの心性について、もう少し考えてみたいと思います。
山梨県で心理カウンセリングをお考えの方へ
「外に出なければ」「頑張らなければ」と急ぐのではなく、まずは安心できる関係の中で、自分の心やこれまでの体験をゆっくり見つめていくことも大切です。
山梨県で心理カウンセリングを行っています。
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