マニュアルを活かすコツ
(1)心のエネルギーマネジメント
組織を率いるリーダーであるなら誰もが「チームメンバーに自ら創意工夫をして活き活きと働いてほしい」と考えたことがあるでしょう。しかしながら、現実には 「言われたことはきっちり行うが必要以上の仕事をしない」「困難な問題に直面したら簡単に諦めてしまって粘りがない」というメンバーの状態を変えることができなく悩んでいる方は多いです。
こういったメンバーは仕事に向き合うエネルギーがなくなってしまっている状態です。例えば、あなたは階段を重い荷物を持って運んでいる老人がいると「お荷物持ちましょうか」と声をかけるでしょうか?
心にゆとりがあり元気な時と、思い悩むことがあり疲れ切っている時では行動が変わるかもしれませんね。人間には本来「周りの人の役に立ちたい、喜んでもらいたい」という素直な気持ちがあります。そういう気持ちがあっても心のエネルギーが枯渇しているとプラスαの行動は起きません。メンバーの心的エネルギーに着目をしたマネジメントをすると組織の姿が変わってきます。
この心的エネルギーに着目をしたマネジメントをするためには、エネルギーの種類を見分けることが必要になります。「自分のなすべきこと=対象」に向けて意識を向けられている状態を「自律」と言い、周囲のプレッシャーによってやらされていたり、自分の感情に支配されて余計なことをさせられてしまっている状態を「他律」と区別します。そして、「自律の状態を増やし、他律の状態にならないようにマネージしていく」ということを考えます。
例えば、会議で「自分たちのすべきことを整理し、次のアクションを定めるため」に議論しているものを「自律」といいますが、「間違ったことを言わないように」周りに気を使った発言をしているとしたら、それは「他律」であり、エネルギーの浪費です。
メンバーが自律的に活動できる比率を高めていくためには、「方針を示す」ことでエネルギーを向ける対象を明確にし、各人の持ち味が活かせるような役割を決め、互いの強みで弱みを補い合って活動を進めることが必要になります。
やるべきことはとてもシンプルなのですが、実際の組織運営においては、人間の弱さや感情によってエネルギーは浪費されており、具体的にどうしていけば良いか現場リーダーの悩みはつきません。
(2)1人の意見 vs みんなの意見
具体的なやり方は様々ありますが、今回は「有効な話し合い」をし、衆知を生かすためのヒントについて書いてみたいと思います。
まず、考えてみて欲しい問いがあります。複雑で難しい問題を解決しようとする際に、(A)「1人の意見で作戦を決める方が良い」のか、(B)「集団で話し合って作戦を練った方が良い」のか、(A)(B)どちらが良いでしょうか? 組織論においてはしばしば議論されるテーマですが、どう思われるでしょうか?
NASAの選抜試験で、「自分と考えの違う人と冷静に意見交換をし、協力する力」が重視されるように、難解な問題を解決する場合、後者(B)に分があります。しかし、単純に話し合うだけでは良い結果にならないこともあり、「どのような場合に、話し合いが効果を生むのか?/生まないのか?」を知っておくと役立ちます。
【第一のポイント】
ネットワーク科学の第一人者である、アルバート・ラズロ・バラバシは、Amazonのレビューが信頼に値しないことを2800万のレビューを分析して明らかにしました。信頼に値しない理由は、「先に評価をされた結果によって、次に評価をする人の評価が歪められている」ことでした。自分は評価★3だなと思っても、既に★5の評価をしている人がいれば、少し評価を上げて★4を記入する人が一定数存在し、客観的な評価とずれてしまうということです。実際の素晴らしさと社会的な評価には差があるのです。
これを組織に当てはめて考えると、「実際に素晴らしいアイデア」と「集団の話し合いによって良いと評価されるアイデア」は必ずしも一致しないということが言えます。主張の強い1人の意見に引っ張られて議論が進んだ場合、Amazonのレビューと同じように歪められるのです。
ある研修プログラムで、「複数の企業から次世代リーダーが集まって複数のチームを作り、社会団体の課題解決策を提案する」という取り組みがあります。ビジネススクールのケーススタディーのような模擬演習ではなく、リアルな課題解決に向き合うので、参加者の熱量も高まり、本気の提案になります。しかし、結果の良し悪しに面白い傾向が出てきます。多様なメンバーでしっかりと意見交換ができているチームの最終提案の質は高くなり、主張の強いメンバーがいるチームの提案は当初からあまり変化することなく質が上がらないのです。
チーム内の議論で起きている現象はこうです。主張の強いリーダーが周りのメンバーからの意見を説き伏せ、ちゃんと検証がなされずに提案が纏まっていきます。やがて、「これは違うのではないか?」という意見もチーム内で出てこなくなり、案が変化をしなくなります。そして、「単純なリスク」に対しても検討がなされていない「穴が残った平凡な提案」で終わります。メンバーの中でリスクに気がついている人はいるでしょう。その懸念や議論が表明されないところに問題があるのです。結論を言えば当たり前のことですが、「違う意見を安心して語れる環境」が大切だということです。
【第二のポイント】
USBメモリやマイナスイオンドライヤーを生み出したイノベーター濱口秀司さんは、「良いコラボレーション」に関する実験をされています。「積み木を使って60分間ですごい作品を生み出す」というワークですが、議論の進め方を4パターンに分けてどのパターンが最も良い作品を生み出すかという実験です。
4パターンとは下図の4つになります。
(AからDにかけて、話し合う時間は減り、1人で考える時間が増えます。)
Aチーム:60分自由に話し合う
Bチーム:20分各人で考えた後、20分でアイデアを共有し、最後の20分でまとめる
Cチーム:20分各人で考えた後、短時間でアイデアを共有し、もう一度各人で20分考える。最後の20分でアイデアを話し合ってまとめる
Dチーム:40分各人で考えた後、20分間で話し合う
世界中で何度も実験をしているそうですが、必ず頭ひとつ抜けて良いアウトプットを出すのはCチームだそうです。Aチームは活発に議論がなされコラボレーションがうまくいっているように見えても、良いアイデアが埋もれてしまい最低評価をとることが多いそうです。
なぜ、Cチームのアイデアが良くなるのか? というと「個々がしっかりとしたアイデアを持つ」からだと濱口さんは分析しています。「自分はこう考える」という自分の意見のある人間が意見をぶつけ合うと相乗効果が出てくる。そして、Dに対してCが良くなるのは、途中に「アイデアを共有する」ことで、固定観念が一旦壊され、個々の考えが深まるからとの見解です。
いきなり話し合うのではなく、事前に論点に対して個々に検討し、考えを深めた上で議論をすると有効だということです。そして、できるならば、互いの事前検討のアウトプットを見た上でもう一度考える時間をとってから議論をすると更に良い、となります。
これ以外にも「有効な話し合い」をするコツはたくさんあります。会議の主催者の信任や議題(目的)設定によっても参加メンバーのエネルギーは変化します。メンバーのエネルギーは高まっているか、自律的なエネルギーが使われているか、そんな観点を持ちながら実践を積み重ねていただきたいと思います。