『2026年CLO義務化。役職を作っても「物流」が変わらない本当の理由』
トレードオフでは続かない ―― 運賃に「下限」ができる時代の対話の経営
トラック運送の世界に、法律で守られた「運賃の下限」ができようとしています。国土交通省がいま制度設計を進めている「適正原価」です。今年7月には『適正原価の設定に向けた論点提示』という資料が公表され、有識者検討会での議論も重ねられています。施行は2028年6月までの予定です。
「まだ先の話」「国の単価が出てから考えればいい」。そう受け止めている会社ほど、実は危ないと私は考えています。この制度で問われるのは、単価よりも「時間」であり、その時間は一社だけでは減らせないからです。
■ これまでの「目安」と、何が違うのか
これまで運賃交渉の目安として使われてきた「標準的運賃」には、法的な強制力がありませんでした。適正原価は違います。トラック事業者は、自社で運ぶときも、他社に運送を委託するときも、適正原価を継続して下回ってはならず、下回り続ければ事業許可の更新が認められなくなります。
押さえておきたい急所は三つです。
一つめは、適正原価には利益が含まれないこと。法令を守って事業を続けるための「最低限の原価」です。適正原価ちょうどで受ければ、利益はゼロ。実際の運賃は「原価+適正な利益」でなければ、会社は続きません。
二つめは、「時間」が原価を左右する計算になる方向だということ。稼働時間や走行距離、待機や荷役などをもとに原価を算出する考え方が示されています。トラックを待たせる時間が長いほど、守るべき原価は上がっていきます。
三つめは、年間などの一定期間で、収入全体が原価全体を下回っていないかを見られることです。決算を締めてから「下回っていた」と気づいても、過去の運賃を取り戻すことはできません。稼働時間や走行距離を、荷主ごと・車両ごとに月次でつかめる体制を、今のうちに整えておく必要があります。
■ いちばん苦しくなるのは「中間」にいる会社
この制度は、運送を受ける側だけでなく、下請けに出す側にも同じように適用されます。最も厳しい立場に置かれるのは、物流子会社や元請けの運送会社です。
私は2009年から15年間、メーカー系物流子会社の社長を務めていました。親会社やお客様の「お客様のために」という要望と、現場や協力会社の実情との間に立ち、板挟みになるのは日常でした。上から安く受けて、そのしわ寄せを下に安く出して吸収する。これまで黙認されてきたそのやり方は、この制度のもとでは上下の両方で通用しなくなります。
その板挟みの中で、私が毎日考え、実行してきたのは、どうすればこの関係を「トレードオン」にできるか、ということでした。
■ トレードオフは計算、トレードオンは対話
誰かが得をすれば、誰かが損をする。トレードオフの考え方は、損得の計算と力関係で決まります。分かりやすく、誰にでもできます。値下げを迫るのも、しわ寄せを下に回すのも、この延長線上にあります。
けれど、こちらも良くなり、相手も良くなる「トレードオン」は、計算だけでは生まれません。相手が何に困っているのか、自分たちはどこを変えられるのか。それを知るには、話すしかない。私がたどり着いた答えは、とにかく「対話」でした。
これは綺麗事ではありません。ビジネスの土台を、計算だけでなく信頼の比重を高めたものにしていかなければ、取引は長く続かない。現場で20年過ごして、私はそう確信しました。
そして今、適正原価の制度が、まさにこの転換を求めています。下限が法律で決まる以上、単価を叩いてコストを下げる道は閉ざされます。残る道は、ムダな待機時間、荷役時間、空車で走る距離を減らすことです。
ところが、この「時間」は一社の努力では減りません。トラックが待たされる理由は、発荷主の出荷の段取りにあることもあれば、着荷主の受け入れ時間にあることもあり、元請けの配車の組み方にあることもあります。原因が会社の境目をまたいでいるのです。
だからこそ、荷主・元請け・実運送の三者が同じテーブルにつき、「どこで、なぜ時間がかかっているのか」を事実で共有する対話が欠かせません。値下げ交渉の場ではなく、お互いの事情を持ち寄り、全員が得をする道を一緒に探す場です。時間が減れば、運送会社は原価を守りやすくなり、荷主は支払いを抑えられる。これがトレードオンです。
コンサルタントが正解を持ち込んでも、会社の境目をまたぐ問題は解けません。最後に判断するのは経営者です。私の役割は、その判断のための材料を整え、関係者が本音で話せる場をつくることだと考えています。
■ 国の単価発表を待たずに、今できること
単価の告示が出てから動いたのでは、データも関係づくりも間に合いません。計算の「枠組み」が見えてきた今こそ、自社の時間と距離を見える化し、取引先との対話を始めるときです。
モノコトフロー研究所
浅沼正治
「荷主として、物流子会社として、何から手をつければいいか知りたい」「取引先と話し合う場をどうつくればいいか分からない」。そうした方は、マイベストプロのお問い合わせからお気軽にご相談ください。立場ごとの取り組み項目を整理し、現状の課題整理から対話の場づくりまでご一緒します。初回のご相談は無料です。
■ 参考資料
国土交通省「適正原価の設定に向けた論点提示」(令和8年7月)国土交通省「適正原価の設定に向けた論点提示」(令和8年7月)
国土交通省 適正原価の設定に向けた有識者検討会 資料https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/002018590.pdf
LOGISTICS TODAY「適正原価、骨抜き回避が最大の論点」(2026年8月27日)https://www.logi-today.com/992923


