「いいえ」と言えない私たちの、いとおしき言葉の歴史。
「正しいやり方」が組織を止めるとき 季節外れのインフルエンザから考える
この9月、インフルエンザの流行が各地で報じられています。
厚生労働省が「全国的な流行入り」を発表したのは8月のこと。
例年なら冬の話題です。
9月の学級閉鎖というニュースに、驚かれた方も多いのではないでしょうか。
流行しているのは「A(H1N1)pdm09」という型です。
2009年に「新型インフルエンザ」として世界を騒がせたウイルスが、
いまでは季節性のインフルエンザとして定着しているものです。
ウイルスは毎年少しずつ姿を変えます。
人の免疫の状態も、人の移動のしかたも、年ごとに変わります。
流行の時期がずれるのは、そうした変化が積み重なった結果です。
ここで、少し立ち止まって考えたいことがあります。
コロナ禍のあいだ、日本では特にマスクは「着けていることが正しい」ものになりました。
必要な場面で身を守る道具として、意味はありました。
ただ、いつの間にかマスクは道具ではなく、
「きちんとした人の証」のようなものになっていきました。
どんな場面で効き、いつ外してよいのか。
その問いを口にしにくい空気が生まれ、
日本では着用が長く続きました。
では、その結果、何が起きたのでしょうか。
マスクをはじめとする感染対策で、感染の機会が大きく減りました。
一度もインフルエンザにかからないまま育つ子どもが増え、
免疫を持たない人が、社会の中に積み上がっていったのです。
そして対策が緩んだあと、
インフルエンザが夏を越えて流行し続けたり、
ほかの感染症が季節外れに広がったりする現象が見られました。
専門家のあいだでは、こうした流行の一因として
「免疫の空白」が指摘されています。
感染を防いでいたつもりが、
流行を先送りしていた面もあったわけです。
ここで問題にしたいのは、マスクの是非ではありません。
手段が美徳になると、その先で何が起きるかを考えなくなる
という点です。
これは、組織や経営でもよく起きることです。
私は長く物流の現場に携わってきました。
物流の世界には、在庫をめぐって正反対の二つの考え方があります。
一つは「在庫は少ないほどよい」。
ムダをなくし、効率を上げる考え方です。
もう一つは「在庫は多く持っておくほうが安心」。
欠品を防ぎ、お客様を待たせない考え方です。
どちらが主流になるかは、業種や社風、時代の流れによって変わります。
効率の時代には前者がもてはやされ、
コロナ禍で部品が届かなくなると、今度は後者が見直されました。
けれども、どちらか一方を「正解」として固定してしまえば、
両者は同じ落とし穴にはまります。
状況が変わっても、やり方が変わらないからです。
大切なのは、どちらの主義に立つかではなく、
いまの需要、仕入れ先の状況、世の中の動きを見ながら、
適正な量を調整し続けることです。
同じことは、どの会社にもあるはずです。
・以前うまくいった会議のやり方
・誰も理由を説明できない社内ルール
・「うちはこうしてきた」という慣習
どれも、始めたときには理由がありました。
問題は、その初期の理由を誰も確かめなくなることです。
では、どうすればよいのでしょうか。
私がおすすめしているのは、とてもシンプルな二つの問いです。
「これは、何のために始めたのか」
「どうなった時、やめるのか
マスクに当てはめてみると、わかりやすいかもしれません。
「何のために着けるのか」。
感染が広がっている場面で、自分や周りの人を守るためです。
「どうなったら外すのか」。
流行が落ち着き、混雑した場所にいないときは、
着け続ける理由はなくなります。社会全体のコンセンサスが
あれば、無駄な同調圧力は生まれないにくい。
この線引きが最初から共有されていれば、
マスクが「着けていること自体が正しい」ものになることは、
防げたのではないでしょうか。
組織でも、実は同じことができます。
物流の現場では、定期的に「棚卸し」をします。
帳簿の上の在庫と、実際の在庫が合っているかを確かめる作業です。
私は、仕事のやり方にも定期的な棚卸しが必要だと考えています。
といっても、大がかりな見直し会議は要りません。
短い問いかけの言葉を、ふだんの仕事の中に組み込んでおくのです。
「これは、何のためにやっているんだっけ?」
「どうなったら、やめるんだっけ?」
たとえば、月に一度の定例会議の最後の五分。
新しい取り組みを始めるときの打ち合わせ。
年度の変わり目。
少なくとも、「何のために」を考えるのは
幹部だけでなく、現場だけでなく、みんなの共有にする。
そうした節目に、この二つの言葉を誰かが口にする。
それが当たり前になるだけで、
理由を失ったまま続いている仕事に、気づけるようになります。
一度決めた正解を守り続けるのだけではなく、
ときどき棚を開けて、中身を確かめる。
それが、動き続ける環境と向き合うということだと思います。
最後に、実務の話を一つ。
感染症の流行は、これからも時期を選ばずにやってきます。
子どもの学級閉鎖で、社員が急に休む。
複数の人が、同時に体調を崩す。
そうしたことを「想定外」ではなく「前提」として、
仕事の分担や引き継ぎを組んでおくことも大切です。
これもまた、一度決めたら終わりではなく、
状況に合わせて見直し続ける仕組みの一つです。
季節外れのインフルエンザは、
私たちの組織に問いかけているのかもしれません。
「そのやり方は、いまも正しいですか」と。
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モノコトフロー研究所 浅沼正治







