【人事トラブル】引き継ぎをせずに社員が退職をする場合には
先日、坂本工業では、従業員が会社のパソコンを電車内に置き忘れてしまったという事件が起きた。会社として懲戒処分を検討しているが、どのような点に注意が必要なのか社労士に相談することとした。
こんにちは。さっそくですが、先日、ある従業員が、顧客データなどが入った会社のパソコンを電車内に置き忘れてしまい、大騒ぎになりました。
それは大変でしたね。それで会社のパソコンは見つかったのですか?
はい。幸い、置き忘れた状態で車掌が発見し、駅に保管されていましたので顧客データや機密情報が漏れるという事態は避けられたと考えています。従業員に状況を確認したところ、出先から帰宅途中にお酒を飲み、電車に置き忘れたようです。
今回は結果的には最悪の事態は避けられましたが、これは企業としてあってはならない非常に大きな問題だと捉えています。
そうですね。いまの時代、個人情報や顧客情報が漏れたとなれば大問題となってしまいます。これからの時期は暑気払いなどで飲酒をする機会もありますので、社外にパソコンや資料などを持ち出す際はより一層注意を払わなければならないですね。
そうですね。当社としては、今回の件について懲戒処分を検討していますが、どのように考えればよいでしょうか?
はい。まず、懲戒を行う際の要件について確認しておきましょう。要件としては、一般的に以下の4つが必要とされています。
罪刑法定主義
懲戒を行うためには、その事由とこれに対する懲戒の種類と程度について就業規則に規定しておくことが求められる。
平等取り扱いの原則
同じ規定に同程度に違反した場合は、これに対する懲戒は同じ種類で同程度でなければならない。
相当性の原則
違反の種類や程度、その他の事情に照らして相当な処分でなければならない。特に懲戒解雇の処分については慎重な判断が求められ、懲戒事由に該当したとしても、総合的な事情を考慮すると処分が重すぎるとして裁判で無効とされるような場合がある。
適正手続き
懲戒処分を行うときには、就業規則に則り、適正な手続きを踏んで行う必要がある。特に重い処分に該当するときには、本人に弁明の機会を与えることが求められる。
就業規則の中に「服務規律」が定められていますが、これと懲戒の関係はどのようになるのでしょうか?
服務規律は、会社で働く上で守らなければならないことなどを定めておくこととなります。一般的な内容としては、基本的な順守義務(職務専念義務・誠実義務)、就業に関する順守義務、服装等に関する順守義務、施設使用上の順守義務、事業場内の秩序維持義務、企業の名誉・信用保持義務などがあります。そのため、服務規律に違反した場合は会社の秩序を維持するために違反の程度に応じた懲戒処分を行い、行動を是正するという流れになります。そのため、懲戒の対象事由の一つに、服務規律違反を挙げておく必要があります。
なるほど。それでは次に、懲戒処分の段階と内容については、どのように検討したらよいのでしょうか?
懲戒の種類としては、譴責、減給、出勤停止、懲戒解雇などがあり、企業によっては、出勤停止と懲戒解雇の間に諭旨退職を設けている場合があります。就業規則においては懲戒処分の段階とその内容について区別して定めておくことが求められます。この点については就業規則の重要なチェックポイントとなっています。
分かりました。まずは確認しておきます。
実際に懲戒を行うときには、懲戒となる対象事案と処分のバランスを考え、まず軽いものから順番に検討していくことになります。また、ひとつの対象事案について、2つ以上の懲戒処分(例えば減給と出勤停止)を行わないようにすることにも注意が必要ですね。
懲戒処分の決定は、私が一人で行っても問題ないのでしょうか?
就業規則に基づいて処分を決定していくことになりますが、できれば役員会などの機会を利用して、複数人で検討して処分を決定したというプロセスを経ておくことが望まれます。これは、懲戒権の濫用を防ぐ上でも重要なポイントとなります。併せて議事録を残しておいてくださいね。
記録を残しておくということが重要ですね。今回の件については譴責とし、再び同じような事案が起きた場合は減給を検討することを考えています。
そうですね。まずは妥当なところではないかと思います。ちなみに、減給を行う際には、労働基準法に減給の制裁という規定があり、減給できる範囲が定められていますので、ご注意ください。具体的には1回の違反についてはその減給の額が平均賃金の1日分の半分までとなっており、対象事案の大小に関わらず、1事案は1回としてカウントします。また、一賃金支払期間中に複数回の対象事案あったとしても、減額することができる総額は、その賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えることはできないという制限もあります。
いくつかの懲戒事案が重なっても、10分の1ということですね。となると、例えば賃金の総額が20万円の場合、2万円までということですか。案外、少なく感じますね。
確かにそのように感じるかも知れませんが、従業員にも生活がありますのでこのような規定が設けられています。減給を行う際の注意点は以上のとおりですが、その他、懲戒解雇を行う際には先ほどの4.のとおり、弁明の機会を与えるようにお願いします。
初めて「弁明の機会」が出てきましたが、これはどのようなものでしょうか。
弁明の機会とは、従業員から問題行動に至った理由や状況などを確認する機会となります。理由も聞かず勝手に会社が懲戒解雇を行うのではなく、きちんと状況を確認したというプロセスを経ておくものであり、これは懲戒手続きの正当性を確保する上で重要なものとなります。
わかりました。今回も、普段持ち出しはしないところ、翌日に客先に直行するとのことで、やむを得ずパソコンを持ち出したとのことでした。このようなことを聞いてから、処分を行うということですね。
そうですね。
懲戒処分を行う際には、多くの注意点がありますね。会社としては、そもそも問題行動が起きないように、服務規律の内容を従業員にしっかり徹底させていきます。
懲戒処分の一つとして出勤停止がありますが、この出勤停止期間については、減給の制裁のような直接的な法令の規制はありません。しかし、懲戒権濫用法理による規制(労働契約法第15条)や公序違反の有無が問われることを踏まえると、ある程度の上限を設定しておくことが求められます。裁判例においては、7日間の出勤停止を裁量権の逸脱として無効としたもの(七葉会事件 横浜地裁 平成10年11月17日判決)がある一方で、3ヶ月の出勤停止を有効とした事案もあります。そのため、実務上において懲戒事案ごとに期間を判断することになりますが、7日~14日間程度を上限としている例が多いと思われます。
※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。