決してあきらめずに
全国の小・中・高等学校は夏休みに入り、私ども言問学舎も、同時に夏期講習に入りました。今日からランダムに、7月18日から販売開始となった最新刊『さらば北陸本線 鉄路の韻(ひび)き』と言問学舎の出版物について、ご紹介させていただきます。
この写真は、ハピラインふくい(旧JR西日本北陸本線)の今庄駅から、2023年11月26日に、現在の北陸新幹線の終点である敦賀方面を撮影したものです。北陸本線の「山中(杉津)越え」と言われた旧線の山中信号場や杉津(すいづ)駅も、この方面になります。そちらを通っていた旧線時代、上り、下りの両方向に、25パーミル(1000メートル進むと高度が25メートル上がるこう配で、ある時期までは鉄道のこう配の限界とされていました。記号は‰で、1000分の1を示します)の急こう配があり、そのため上下すべての列車がこの今庄駅に停車して、敦賀へ向かう列車はここで補助機関車(補機)を連結し、敦賀から来た列車は補機を切り離していたのです。
まっすぐに敦賀をめざす線路の左前方に写っているのは、蒸気機関車時代の給水塔と給炭台です。石炭を燃やしでボイラーで蒸気を発生させ、その力でピストンを動かして走る蒸気機関車では、走るために石炭と水が不可欠でした。現在の鉄道の主役である電車や電気機関車は、架線からパンタグラフを通して受けとった電気でモーターを回して走りますが、蒸気機関車は石炭と水が、走るために絶対必要だったのです。
そして、ご紹介した通りこの今庄から敦賀へ向かう旧線は(今の南今庄駅のあたりから山越えのルートに向かいます)、上り、下りのどちらとも25パーミルの急こう配があり、この駅で補機を連結し(敦賀へ向かう列車)、または切り離していたので(敦賀から来て福井へ向かう列車)、補機である蒸気機関車に石炭と水を供給するため、この給水塔と給炭台が設けられていたのでした。
蒸気機関車のファンの方なら、これが何であるかの説明は不要だと思います。すこし前、Facebookの国鉄を愛するグループに給水塔と給炭台の写真を投稿したところ、実際に国鉄職員だった方々から、貴重な遺構なのでぜひ残してほしい、というコメントをいただきました。
現在はハビラインふくいの管轄下にあると思われるこれらの施設(の遺構)ですが、ぜひ末長く保存していただきたいと願うものです。
版元ドットコム さらば北陸本線 鉄路の韻き
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国語力に定評がある文京区の総合学習塾教師
小田原漂情
文京区の総合学習塾・言問学舎HP
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