決してあきらめずに
今日10月16日は、故灰田有紀彦先生のご命日です。例年のことですが、言問学舎塾長ブログの文章をそのまま転載させていただきます。
秋晴れの日が少ない10月である。1日、2日の土日はよく晴れていたが、日差しが強すぎ、気温も30℃近くまで上がって、夏が戻って来たような陽気だった。それからは雨模様の日が多く、澄んだ空気に透き通るような青空を、私は目にしていないように思う(言問学舎は建物の構造上、地下1階に位置しているため、一度出社してしまうと、夕方子どもたちが登塾するまで、外の様子を見ないことが多いためもある)。
今日は快晴とはいかなかったが、夕刻までは雨も降らず、午後出かけた際は雲の切れ間から時おり青空を見ることもできた。わずかながら、今日のこの日にふさわしい秋の空を眺めることができ、心安らぐものを覚えた。
ハワイアンに詳しい方はご存じだと思うが、今日、10月16日は、「鈴懸の径」「森の小径」などの作曲者でいらっしゃる灰田有紀彦先生のご命日である。お亡くなりになったのが1986(昭和61年)のこの日であるから、今年で36年が経過した。私が「鈴懸の径」や「森の小径」を覚えたのは19歳の時だった。それから40年、私は有紀彦先生がこの世に送り出して下さった美しいメロディーに、ある時は救われ、ある時は友を思って、自身の存在の深い部分を託して生きてきたのだと思う。
昨夜は学生時代の親友が岩手の山で採り、舞茸や山葡萄と一緒に送ってくれた栗を家内と二人で剝き、栗ご飯を炊いた。栗の皮を剝いている間、「鈴懸の径」のメロディーがずっと聞こえているようだった。そのため会社から持ち帰って来ていた仕事も今日に繰り延べ、昨夜は栗剝きが仕事のようなものであったが、ただ忙しくパソコンに向かうよりも、ずっと豊かな時間であったと思う。そのような豊かな時間を、灰田有紀彦先生の豊かな美しいメロディーが、静かに紡いでくれるのである。
このような音楽と出会え、ずっと一緒に生きて来られたことは、掛け値なしに幸せなことだと思う。信じる道を歩む時に、いつも自分を支えてくれる、かけがえのないメロディー。いつまでもその魅力につつまれ、できれば若い人たちにも、その力を伝えていきたい。
2022(令和5)年10月16日
小田原漂情