決してあきらめずに
捨てて来たあの日々と 愛していたものたちを
私は憎むことを学ばねばならぬ さうして
私は今こそ激しく生きねばならぬ
立原道造にしてはめずらしく、強い、はげしい調子を含んだ作品です。引用したのはソネット(十四行詩)の第4連ですが、第3連の、「美しい空 うつくしい海 だれがそれを見てゐたいものか!」という最終行を、受けています。
前回(7/23)、「ゆふすげびと」に関連してご紹介した、信濃追分の「鮎子」と呼んだ女性との別れなどを経て、立原は、「捨てて来た」日々や「愛していたものたち」を憎むことを学び、「私は今こそ激しく生きねばならぬ」という決意を詩にうたうのですが、2年数か月後には、満24歳の若さで世を去ります。
十数年前のことですが、立原道造に関する講演会が、旧鷗外記念本郷図書館でひらかれました。その際、ゲストとして、堀辰雄夫人の多恵子さんが臨席しておられ、私は挙手のうえ発言を許可してもらい、多恵子さんにお言葉をいただくことができました。立原の詩を朗読していて、そのこともなつかしく思い出しています。