知っておきたい 【歯科治療】を行った海外駐在員への対応のポイント

河野創

河野創

テーマ:海外人事 海外労務


近年のグローバル化にともない大企業だけでなく、中小企業を含めて海外に社員を派遣する企業は増え続けています。                            
海外で病気やケガになると、会社が掛けた海外旅行傷害保険で治療費が支払われます。しかし、慢性病や歯科治療の場合は支払いの対象外になるので、健康保険の【海外療養費】の制度を使用し従業員の自己負担額を精算しなければなりません。
一見些細なことのようですが、この制度が非常にわかりにくいこと、精算手続きが煩雑なこと、精算された治療費の計算根拠が納得しづらいことから、人事と従業員の間で誤解が生じトラブルの原因にもなりかねません。   
よくある歯科治療を例にとり海外人事労務担当者が海外療養費について知っておくべきことをまとめてみました。


1.自己負担額の7割が戻ってくるわけではない。
海外ではじめて歯科治療を受診すると、どうしても日本と同じように【支払った費用の7割は戻ってくる】と思いがちです。
しかし、たいていの場合は7割も戻ってきません。こうしたことを知らない従業員がほとんどですので、例えば【海外で歯の詰め物の歯科治療を受け5万円支払った。でも7千円しか払ってもらえなかった。人事は計算を間違えている】こうした問い合わせや苦情をよく受けました。

2.海外療養費とは
健康保険での海外療養費は、虫歯の詰め物の治療であれば、【日本国内の歯科で詰め物の治療をしたときにかかった額の7割】を本人に戻すというルールになっています。
日本の近所の歯科で3千円を払うような(健康保険なしだと1万円かかる)治療を海外で受けたら、7千円が本人に支払われるという意味です。
海外で日本人が受診するような歯科は、その国でも最高の医療サービスを提供するような歯科医院のはずです。そうしたところはたいてい自由診療です。
日本では1万円程度の治療であっても3万円、5万円と請求されることも珍しくありません。
すると、例でご紹介したとおり、【5万円払って3万5千円戻ってくるはずのものが、7千円しか戻ってこなかった】ということが起きてしまいます。

3.治療のレベルも日本と違う
国民皆保険制度のもと、なるべく安く治療をしなければならない日本では、保険適用の場合は詰め物にしても安いアマルガム(銀の金属)やプラスチックを使用します。
しかし、虫歯治療に3万円、5万円を請求する海外の自由診療の歯科では、そもそも安価な詰め物を用意していないこともあります。
詰め物にはより材質に優れた(=日本では保険が効かない)ゴールドインレーしか使用しないという歯科もあります。受診する海外駐在員の無知につけこみ高価な材料を使って治療することもあります。すると材料費だけでも3~4万円かかってしまいます。
つまり、同じ詰め物治療といっても、保険が効かない材料を使って治療をすると、【5万円払って3万5千円戻ってくるはずのものが、7千円しか戻ってこなかった】ということが起きるのです。

4.煩雑な歯科海外療養費の精算手続き
海外療養費の精算については、以下の申請書、添付書類、翻訳文のコピーまで求められます。
・海外療養費支給申請書
・領収明細書
・歯科診療内容明細書
・現地で支払った領収書の原本
・同意書
・パスポートコピー
・各添付書類の翻訳文(ただし翻訳文には、翻訳者が署名し、住所および電話番号を明記)

はじめて歯科治療の精算を行う海外駐在員にとっては、通常業務のほかに、これだけの書類を正しく記入し、翻訳文をつけた必要な書類をそろえるだけでも、何度も人事とやりとりをしなければならず大変な苦痛です。

5.会社の言い分と従業員の不満
人事は、海外療養費の制度に従って精算しているだけなので、精算金額が少ないと海外駐在員から苦情を言われてもどうにもなりません。自由診療分や保険適用外の材料費まで負担するというのも国内従業員との扱いに均衡を欠きます。
海外駐在員にとっては、医療体制や治療方法が異なる海外で、日本と同じ治療を受けられて日本と同じような支払い金額で済むような歯科を探せというのも現実的ではありません。
そして、5万円支払って3万5千円払ってもらえると思って、これだけ時間をかけて何度も書類を書き直したのに、たった7千円しか戻ってこなかったという不満も残ります。

6.事前に歯科治療の制度を説明する
歯科治療費の精算をめぐる行き違いは、海外療養費の説明の難しさ、請求手続きそのものの煩雑さ、精算額の少なさから海外駐在員にとって特に不満が大きいと感じました。
こんなことをわざわざ、と思われるかもしれませんが、歯科治療については赴任前に十分な説明を行うことをお薦めします。
その際は、【歯科治療については日本と違って支払った費用の7割が戻ってくるとは限らない】旨説明し、【歯科医には、日本の健康保険を使うのでなるべくそれに合わせた治療をしてほしい】とお願いするよう説明しておくのもいいでしょう。
日本人を治療する海外の歯科医はこうした事情をよく知っていますので、希望に合った治療をしてくれることもあります。

7.まずは人事が海外駐在員に寄り添う
海外駐在員から歯科治療費の精算をしたいと連絡があったら、
・最初は慣れないと思うので可能な限りお手伝いする
・手続きから支払いまで相当に時間がかかる
・支払金額の7割が戻るとは限らない
・役所相手の仕事なので、何度か書類の出し直しがあると思う
・大変な労力を要するが可能な限り協力する
旨伝えて、あらかじめ海外駐在員の期待値を下げ、従業員の味方であることを強調しておくのがトラブル防止に役立ちます。

6.歯科治療費の補助制度を規定化する
・海外で信用できる歯科で治療を受けるためには自由診療の歯科ぐらいしか見当たらない
・受診した歯科では保険適用の材料を用意していなかった。それでも費用の大半は自費で負担しなければならないのか
こうした海外駐在員の要望はもっともです。
具体的に歯科に特定した医療費補助の規定を作ることもいいでしょう。

歯科治療については支出した費用の70%は健康保険及び会社が負担する。ただし歯科補修費等(プラチナ、金歯等の健康保険の効かない部分)は総額の50%までを負担する。
歯列矯正、インプラント等は会社負担の対象としない。

7.終わりに
筆者が海外人事を担当していたとき、もっとも困ったことは歯科治療にかかった精算額がどうして少ないのかという海外駐在員からの問い合わせに納得してもらえる説明ができなかったことでした。
些細なことではありますが、会社と海外駐在員とのトラブルの発生を防ぐことに役立てれば幸いです。

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河野創
専門家

河野創(社会保険労務士)

青山人事労務

前職で、人事評価制度の見直しにとり組んだ経験で、中小企業の働き方改革に強みを発揮する。また、自身の海外駐在経験から、日本の労務管理では対応できない海外駐在員の人事労務のノウハウを持つ。

河野創プロは朝日新聞が厳正なる審査をした登録専門家です

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