空き家発生防止に行動経済学を応用しよう~住まいの終活を考えるシリーズ⑩~
(行動変容のプロセス)
空き家対策において行動経済学の知見を活用する目的は、必ずしも合理的でない行動をする住宅所有者の特性を知り、戦略を検討し介入しながら期待する行動変容を促すことである。これまで述べてきた空き家対策の先送り行動は、行動経済学では現状バイアスと呼ばれるものに当たり、人にはよく見られる特性と言って良い。
この現状バイアスに対し、行動変容を促すための一般的な検討フローは次の通りである。
①対象者の意思決定と行動を観察する。⇒②行動経済学の視点から分析する。⇒③対象者へのアプローチの戦略を検討する。⇒④戦略に沿って介入する。⇒⑤行動の変化を計測する。
(意思決定の特徴の理解)
人は意思決定をする際に、その重要性を理解していることもあれば、そうではない場合もある。また、重要性を理解して望ましい意思決定をしたものの、実際の行動が意図したものと異なることも珍しくない。その他にそもそも重要性が理解ができないため、望ましい意思決定ができていないこともある。
これを空き家の事前対策のケースに例えれば、住宅所有者は事前対策が必要なことを理解しているものの、具体的な行動に踏み出せないケースなどはその典型であろう。また、検討自体の先送りや、その必要がないと考えている場合なども当てはまる。
このような場合は、次のような視点からその意思決定のあり様を捉えてみる必要がある。
・意思決定のタイミングは適切なのか。
・その意思決定は能動的か、受動的か。
・行動するインセンティブは、金銭的か、非金銭的か。
・どのような情報を入手しているか、どのような知識や助言を必要としているか。
・望ましい意思決定をした場合に得られるメリットは何か。
・それは単独の意思決定か、複数の意思決定か。
(意思決定のボトルネック)
空き家の発生予防につながる望ましい意思決定から行動へとつなげるには、意思決定プロセスのボトルネックを明らかにし、それに対する適切なアプローチ方法を選択しなければならない。
そのためには前提として、空き家の事前対策とは何か、それはなぜ必要か、いつ頃から取り組んだら良いか、そして具体的にどうやるかを一通り理解しておくことが望ましい。
その上で、次に挙げるチェックポイントから意思決定のボトルネックを考えてみることだ。
①意思決定をすることが煩わしくなっていないか。
事前対策に必要な情報が不足していないか。情報収集に手間取っていないか。
②意思決定をすることで何らかの見返りが期待できているか。
事前対策のメリットとデメリットを理解できているか。リターンを感じているか。
③他に同様な意思決定をしている人がいるか。
知人などが事前対策をしているか。一種の社会的規範になっているか。
④意思決定するベストなタイミングはいつか。
今が意思決定をする相応しいタイミングか。今のタイミングなら何を意思決定するか。
(意識と行動のギャップ)
ここまで空き家の発生予防に纏わる意思決定を分析するに当たって、行動経済学の知見を活用できないかという観点から述べてきた。消費者行動論では、意思決定のプロセスを「動機づけ⇒情報の収集と選択⇒選択肢の検討⇒購買の決定」という段階で捉えている。行動経済学は、必ずしも合理的とは言えない人の感情などの影響を分析対象としている。
深く考えないまま目先の利益に左右されやすい意思決定を、何かしらの教育によって適切な判断へと導くことは重要である。しかし、頭では理解していても行動ができない、いわゆる意識と行動のギャップが生じることも少なくない。それをどうやって埋めていくかも課題である。
ところで、近年、学生の段階から金融に纏わる知識を習得させるため、学校教育で金融の授業が行われ始めている。お金は消費生活には欠かせない極めて大切な存在であり、学生の多くが高い関心を抱くテーマに相違ない。行動経済学の知見を金融教育の実践に活かそうとする調査研究も行われている。そこには空き家の事前対策にも応用できるヒントがあるかもしれない。よって、次回は、金融教育と行動経済学に関する調査研究を取り上げる。