空き家の事前対策の優位性~住まいの終活を考えるシリーズ⑦~

菊池浩史

菊池浩史

テーマ:空き家と住まいの終活

(住宅の寿命)
始めに、住宅の寿命について考えてみたい。住宅は、完成と共にその機能を果たしながら次第に劣化していく。その間、破損や役割を終えた箇所の取り替えや修繕をしながら、建物としての役割が終了した時点で解体される。空き家になるのは、建物の機能がまだまだ維持されている時期もあれば、既に役割を終えて解体を待つのみの段階など、その時期は一様ではない。

住宅は大きく三つの要因で価値が減っていくと考えられる。一つ目は、住宅の使用に伴う経年劣化や過失による損傷などの物理的要因。二つ目は、技術の進歩による設備機器の旧式化や、それらの機能不足や効率の低下といった機能的要因。三つ目は、住宅の立地する地域が人口減少などで衰退することで住宅の市場性が減退する経済的要因。

そもそも建物は、早かれ遅かれ劣化から逃れることはできない。しかし、本来の住宅性能に加え維持管理をしっかりすることで、100年以上居住できるとも言われている。そうであれば、早い段階から維持管理に努めれば空き家が発生した後の選択肢も増え、スムーズな利活用に繋がるのではないか。こういった点からも事前対策の有用性は高い。

(比較する意味)
さて、何かしら事が発生する前に準備や対策を講じることが有効なことは、空き家対策に限らない。予防医学や、防災・防犯などはその重要性を示す一例である。しかし、早い着手が望ましいことを理解しているにも関わらず、それが行動に直結していない消費者は少なくない。

この背景には、空き家の発生予防に対する所有者の意識と行動の間のギャップが考えられる。その必要性を理解しても、事前に何をして良いか分からない、分かっていても具体的な行動に移せないケースが少なくないと思われる。こういった意識と行動のギャップの原因を探ることは、事前対策を実践させていくには欠かせないと考える。

今回は、空き家問題に対する事前対策と事後対策の事例を比較検討し、なぜ事前対策の方が有効なのか、それを実践する上での課題について考えてみたい。

(事前と事後の対策)
準備を十分にしない状態で自宅が空き家になり、そこから対応を検討するのが事後対策、そもそも空き家を発生させない、或いは予め空き家が発生した後の利活用を計画しておくのが事前対策である。例えば、空き家を解体する場合、居住中から空き家になれば解体すると決めておくのが事前対策、老朽化が激しくなり危険な状態になったから解体するのが事後対策に当たる。

空き家の出口戦略には、建物の解体撤去の他にも売却や賃貸、自己使用、更地にして駐車場経営などの貸地などがある。利活用のメニュー自体には、対策の時期による差は殆どない。つまりは、処方箋を事前に準備するか、空き家発生から考えるかの違いだと言える。

(事前対策の例)
事前対策を実践している事例の一つに、「岡山・空き家を生まないプロジェクト」がある。同プロジェクトでは、空き家を流通へつなげる効果的な手法を様々な視点から検討している。その特徴は、空き家になる前に住宅所有者の意識へ働きかけることで、空き家を生まないための行動変容を促す手法の確立を目指している点にある。

そのために、住宅所有者の行動変容をより効果的に促すことができる手法の確立、空き家を個人レベルに留まらず地域の問題として捉えるための検討や実践、専門家による支援方法の検討などに取り組んでいる。

その結果、住宅所有者へのアプローチの違いによって行動変容への影響が異なっていることから、ライフステージや関心事などで住宅所有者を類型化し、それらに応じた具体的な行動を後押しするプログラムが実践できている。

事後的な空き家対策が多いなかで、同プロジェクトは、行動経済学の知見を使って住宅所有者の行動変容を促し、空き家の発生を防ぐ典型的な事前対策である。空き家にしたくないという意識と行動のギャップを解消しようとする意味で画期的な取り組みだと言える。同プロジェクトは、回を改めて詳細に取り上げたいと思う。

(対策の比較)
次に、事前対策と事後対策を経済的・精神的・合意形成の各視点から比較してみる。

経済的視点とは、対策に要する費用の比較だが、ここでは主に建物の修繕費に着目したい。建物は経年に伴い老朽化し修繕費も増加していくが、空き家になると劣化は急速に早まる。よって、空き家になってから利活用の方針を決めていては、相応の修繕費が必要になる。一方、事前対策として建物の維持管理に努めつつ、空き家としての期間も短縮できれば、修繕費は相対的に安く済むことが多い。同時に、居住しない期間の公租公課等の負担も免れる。

精神的視点とは、住宅所有者が感じる精神的苦痛を言う。空き家期間が長期化し維持管理も不全な状態が続けば、近隣からクレームが寄せられるとか、通行人に怪我や隣家に物損を与えたりすれば損害賠償責任に発展することもある。そして、地方自治体から特定空家等に指定され、勧告に従わなければ名前が公表されたりする。これは賠償金や固定資産税の増税等といった経済的負担に繋がると同時に、その精神的苦痛は決して小さくないはずだ。

合意形成の視点とは、空き家の利活用について関係者の合意の難しさを指す。もちろん事前対策においても、その時点で対策の必要性を関係者に理解させるのは容易ではない。しかし、問題が顕在化した事後対策の方が、その住宅が「富動産」か「負動産」かによらず、関係者の利害得失が表面化し感情が絡みやすくなる。更には無関心な者や二次相続によって関係者が増えれば、増々話し合いの場を設けること自体が難しくなる。そいであれば、空き家の発生前に何とか同じテーブルに着き、早い段階で話し合いを始めた方が合意形成は比較的容易であろう。

(行動経済学の知見を活用)
以上から、経済的負担や精神的負担が相対的に少なく、関係者間の合意形成も比較的容易な事前対策が有用だと改めて言える。ところが、現状では事前対策の実践例がまだまだ少ない。

空き家問題を自分事としてまだ考えられない、何かしないといけないことは理解していても行動に移せていないことなどが原因として思い浮かぶ。そうであれば、なぜできないのか、なぜ意識と行動にギャップが生じるかについて、考えていく必要がある。

そこで、人間は直感や感情によってどう判断するか、その結果、マーケットや人々にどのような影響を与えるかを研究する学問である行動経済学の知見を使うこととする。次回からは、行動経済学の知見を使って事前対策のボトルネックを探っていく。

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菊池浩史

住まいの消費者教育研究所

住まいにまつわるビジネス経験や、不動産鑑定士としての専門的知見を活かし、顧客ファーストで「住まい教育」を普及・実践。住まい選びやメンテナンス、そして家仕舞いまで、ワンストップでトータルサポートします。

菊池浩史プロは朝日新聞が厳正なる審査をした登録専門家です

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