日本のコーチングの現状<No.10> セッションでコーチは何をみているのか(1)
データベースをつくる宿題
ある企業さんのマネジャーの方々を対象にした研修で、2か月後にフォロー研修を開催することが決まっていたので、「部下のデータベースを作ってくる」というのをフォロー研修までの宿題にしました。すると、ある方が「無理です」とおっしゃいました。理由を聞くと「自分はプレイングマネジャーで、担当を持っている。部下は全員で23人。そのうち20名は違うフロアにいる。2ヶ月で全員のデータベースを作るために会話の場を持つことなど無理です」というので、「では、何人ならできそう?」と聞いてみました。「1人。自分の課に他部署から異動してきた女性社員がいます。最近来たばかりで、まだよく知らないので彼女のデータベースなら作ってみてもいい」「じゃあ、その方だけでいいので取り組んでみてください」ということにしました。宿題のために形ばかりの取り組みはしてほしくなかったからです。「目的はその人と会話をすること。話をすること自体で“あなたに興味や関心がある”というメッセージにもなるし、話のなかからその人の強みや能力を見つけることもあるので、是非やってみてほしい。やってみると何か気づくことがあります」と伝えました。
2ヶ月後のフォロー研修の朝、そのマネジャーが私の姿を見つけるなり飛んできました。「見てください」といって差し出された表はなんと23人の名前が入ったデータベース。「どうしたんですか?」「いや、これいいわ。役に立ったわ。」と言ってくれましたので、事例として発表してもらうことにしました。発表は次のような内容でした。
宿題をやってみて
宿題としてデータベースをつくることにした女性は、他部署から異動してきたばかりだが、パソコンのスキルが高く、同じフロアの他の課の人たちからも教えてほしいという声があった。お昼休憩のシフトの関係でお弁当を持ってきて一人で食べていることが多いので、彼女に声をかけた。「貴女が自分の課に来てからゆっくりと話が出来ていないので、話がしたい。もしよかったら、明日お弁当を持ってこずに、一緒に外に食べに行かない?」と聞くと快く受けてくれた。当日色々な雑談をしながら、「ところでお休みの日はどんなことしているの?」「ボランティアをやっています。ボランティアといっても、子どもたちと遊んでいるだけですけどね」彼女は近所の同じ年代の女性たちと一緒に、月1回日曜日に近所の3歳から5歳ぐらいの幼児を集めて「お遊び会」をやっている。毎月、次の「お遊び会」ではどんな遊びをするかを「お遊び会」の前の日曜日に女性たちで集まって、お母さん方のアンケートも参考にしておもちゃをつくったり、簡単な紙芝居をつくったりしている。その「お遊び会」のリーダーをやっている。
彼女は会社ではおとなしくあまり活発に会話もしない方なのでびっくりして、「すごいリーダーシップを発揮していますね」と驚きを伝えたが、「いやいや、子どもたちと遊ぶのが好きだから。リーダーシップといえるものではないです」「いくら好きだからといっても、ボランティアで来ている人たちをまとめて活動しているところが素晴らしい。十分リーダーシップを発揮していますよ。是非、そのリーダーシップを仕事にも活かしましょうよ。貴女はパソコンスキルが高いので、他の課の人たちも教えてほしいという話があるんです。私もサポートするから、勉強会を開きましょう」と言うと、彼女も引き受けてくれて勉強会を開催することになった。すると彼女はさっそくプログラムを作り、活き活きとして勉強会を始めた。それがきっかけで、他の課の女性社員たちとも会話が弾むようになり楽しそうにしている。
他の部下に試してみる
これはいいかもしれないと思い、違うフロアにも行くことにした。いつもメールで連絡してきて、月1回の打ち合わせの時にしか顔を出さないマネジャーが来たものだから、みんなから「どうしたんですか?」と聞かれ、「いやいや、ちょっと時間があったから、10分だけ」と言って、何名かと雑談。「そうか趣味はゴルフなんだ。今週末にも行くんだ」との情報を得たら、席に戻って、セキュリティをかけたエクセル表を開けてちょこちょこっと記入。週明けに「この前のゴルフ、どうだった?」と聞けば話がつながる。さらに「ゴルフのどんなところが好き?」「いろいろ考えて攻めるところ」そうか、彼は“戦略的”なところがあるのだ、とわかる。
趣味につながる資質
ゴルフは人によって興味を感じるところが違う。彼のように戦略を考えるところが面白いという人もいるが、自然に触れることができるところ、レベルアップして目標スコアの達成に燃えることができるところ、仲間とワイワイできるところ、いろいろなゴルフ場に行けるところなど、さまざま。また料理が好きな人がいたら、「料理のどこに面白さを感じる?」と聞く。これもさまざま。“何かを作る”ことが好き。素材を探すのが好き。珍しい料理を調べてつくるのが面白い。有り合わせで美味しいものを作るのが面白い。料理の完成をイメージして段取りを考えながら進めていくところが好き。自分で好きなものを作って食べるのが好き。また、趣味の話から、“趣味”の奥にあるその人の特性、能力、資質などを知ることもできる。自分との違いに驚きと興味を感じる。実に楽しい。
また、そのフロアの部下同士で同じ趣味を持っていることがわかって、今まであまり話をしていなかった人同士の会話も弾み、仕事の連携が取りやすくなったという話まで出てきた。
データベースをつくる楽しさ
彼はますますデータベースを作ろうとちょっとした時間で情報を引き出していった。段々、エクセル表が埋まってくると、「あれ、A君の欄は真っ白。こんど彼に話しかけてみよう」とか、「ここの情報を引き出すにはどんな質問がいいかな?」などといろいろ工夫して質問を考えて、試していくうちに少しずつ埋まってくる。すると今度は表を完成させたいとも思うようになり、部下と会話することが楽しくもなりどんどん会話の機会をもつようになった。するとそのフロアの人たちから、今までなら入ってこなかったような情報が入ってくるようになった。という内容を事例として発表してくれた。
彼はとても嬉しかったようで、私に「このデータベースづくりは広めてくださいね。私の事例も使ってくださいね。」と言ってくれていました。それから1年ぐらいたって、彼からメールが届きました。そこには「データベースで気づいたことです。部下は変化します。一度作ったからといって、『A君はこういう人』と決めつけや思い込みしていると実は違っていることもあることがわかりました。常に更新していく意識を持つことが必要です」確かに私たちはつい「この人はこういう人」と自分で作ったイメージでその人を見てしまうことがある。いつもニュートラルな気持ちで接するのはなかなか難しいが決めつけることのないよう気を付けなくてはいけないことを教えてもらいました。
部下との絆を深める
マネジャーが部下との絆を深めるためには、まず部下をよく知ろうとして様々な会話をしていくこと。そしてその人の大切にしていることや能力、強みを知ること。そして大切にしていることを大切に扱ってあげ、その人の能力や強みを仕事で活用してあげることです。