夫の本音を知るには
自分の利論を捨てる?さて 夫婦問題が起きた時は皆さんはどうしますか?
たいていは 友人に相談したり親に相談したり・・・・でも究極はその向かう所のパートナーに面と向かって話し合いをするというのが普通です。
そしてそれと並行して、インターネットの知恵袋や、専門家のサイトで情報を得る事もします。
確かに教えてGoo!のようなQ&Aなどでは 専門家顔負けのちゃんとした意見が交わされ、素人と呼べないというか、プロ顔負けの知識が述べられてあります。
しかしそれを読み解いていくと その意見さえもインターネットの中の引用であったり、机上の空論である場合も多いのです。特に質問形式のサイトでは書き方が 教えてやろうというスタイルが上から目線もあって、それが逆に自信みなぎる回答になり、思わず私も感心してしまいます。
では、本題に入りますね。
今日のテーマは「失敗は気づかない」という事ですが 本当の課題は「誰も正解を知らない」というサブタイトルが隠れていると思って下さい。
これがインターネットの中の情報は所詮ネット上での一般論であって、貴方へのパーソナルな答えではない・・・・
今更こんな当たり前のことを言いたいのではありません。
今日は これまで私共が相談業の中で 日々感じている現実の世界のお話をします。
実は私の所にご相談頂いた方から その後の近況報告を兼ねたお礼を頂くことはよくあります。
それはそれで、私もお役に立てた喜びを感じ胸をなでおろします。
しかし、中には私とは、まったくご縁が無かったという人のケースを聞く事があります。
今日は 夫婦問題とは言え、やはり私の所に集まるテーマは 浮気問題が多いのでそこに特化して、その体験をした方のケースのお話です
つまり、人は自分の取った対策を失敗とは思いたくないと、という事です。
だから 結果を話す時には 満足しているか、どうかを問いかけたら、一生懸命頑張ってきた
自分が可哀そうになるから 自分の選択した結果を間違っていたと思いたくないという心理が働きます。
確かに 何でも人間は その置かれた立場で、その時出来る事を精いっぱいやっている、というのは
誰も同じです。
しかし そこには 必ず「仕方がなかった」という本音が隠れていると思います。
当方へはその仕方がなかった事の結果を相談に来られる方が多いので、今回のアンケートを取れたのですが、ある程度の事を自分なりに対策を練って行動してした方が多いと思いたいのです、そこで異句同音に言われる事が この仕方がなかったとか どうしていいか分からなかったから、いう言葉です。
揚げ足を取るのではなりませんが 仕方がなかった、という事と 対策を練ったという事は少し矛盾を感じます。
仕方がなかった・・・・これは厳しいようですが 行き当たりバッタリということなのです。
カウンセリングの中でよくある風景なのですが、相談に来て、アドバイスを受けてこの後どうしますか?という問いかけに「時間を掛けて考えます」とカウンセリングルームを後にされます。
これは望む答えでなかった可能性も大いにありますし、もしかしたらカウンセラーが稚拙なケースもあります。
でも本当は アドバイスとして参考にはなったが、あまり具体策を取りたくないという方が多いのです。
恐らくカウンセラーとしては、ベストでベターである答えをしているはずですが 残念ながら相談者の望むことではなかったという事が言えるので それに対して「ノー」というダメ出しまでは・・・・
という方が「ちょっと考えてみます」という事なのです。
日頃から 私は口を酸っぱくして、転ばぬ先の杖ですから 何でもおかしいと思った時には 最悪の状態になる前に 相談に来てくださいね、と言っています。
しかし、実際はこういう事を言いながらカウンセラーの元に相談に来ている段階で、恐らく臨界であるはずという矛盾は理解しています。
そして相談者は 充分考えてきたはずです。
もうこれ以上苦しみたくないし、時間はもう掛けたくないのです。
それなのに 「もう少し時間を掛けて・・・」という事で 進退への答えを先送りします。
いかにも答えがその先に何か答えがあるように聞こえますが実は「もう少し時間を掛けて」というのは 何も考えてない・…という事と同じなのです。
そうした結果 何か最悪の波が押し寄せたら、どうしますか?
または ○○した方がいいと聞いていても それと反対の事をしてしまった時はどうしますか?
そうです、その時に「仕方がない」という行動を取ってしまう事になります。
こうした時に 最初の○○した方がいいと言う言葉を 後になって思い出しても みんな人間には
プライドがあります。
自分が勝手な事をした結果、悪い結果を招いてしまった、などとは思いません。
自分なりには 一生懸命やれるだけの事はやったと思いたいだろうし自分の選択を失敗だったとは思いたくありません。
でも 本当は頭の隅っこに、「あの時、あのアドバイザーが言ってたな~」とチラッと思い出しているかもしれません。
こういう自分なりにやってみたという事がある場合、その方法が間違っていたと認めるのは 自分を否定する事にもつながります。
今まで苦しんで苦しんで来たのに、これからも気持ちを立て直しやっていかないといけないのに、今ここで自分の方法が間違っていたと言うように わざわざ自信を失うような反省何てしたくないのです。
実は 私も恥を承知で発表します。
私の所にカウンセリングを受けに来られて アドバイスを受け入れて下さらない方も中にはいます。
もちろん 私の力不足であることも重々反省しております。
私もこの仕事をし出した当時は 受け入れて下さらずに帰られた方の背中をみて随分がっかりしました。
しかし その後、必ずと言っていいくらい そういう方からお手紙やメールを頂きます。
「あの時、先生の言われていた通りの事が起きて、結局離婚することになりました」という連絡です。
そして 私のアドバイスをその時に受け入れていたら・・・という反省を述べられます。
恐らく その時は受け入れられなかった何かがあったのだと思いますし もっと私がごり押しで命令でもしていたら違ったのかもしれませんが そういう方に限って 私のいうアクションを起こそうという勇ましいアドバイスより、気持ちが軽くなるような、平和的解決法を望んだ方であると言うのが 私に遠慮させてしまったのかもしれません。
一度、私のアドバイスどうりにしなかったから・・・・・そんな遠慮は必要ありません。
自分勝手に動いてしまって無茶苦茶になったから 今更相談できない・・・・・
あなたの選択が間違いだったとは言われたくないでしょうけれど人間は私も含め誰しも失敗は在ります。
人に聞けない・・・・こんなプライドは捨てましょう。
その道には その道を通ってきた人なりの視点があるのです。
変なプライドで自分で地図を広げるより、ナビゲーションから最良の道を教えてもらった方が
わざわざ間違った道を行くような無駄は省けます。
自分ではあの道が失敗だったなんて気づかないし、また気づいても認めたくないものです。
聞くは一刻の恥、聞かずは一生の恥っていうでしょ。
人に聞くのは恥ずかしい事ではありません。
では今日はここまで。