第十七話「すでに、与えられている。」

第十八話「身体は、共に歩む存在だ。」
人はこれまでの人生を、全て正しいストーリーだと思いたい生き物だ。
そうなると、自分のストーリーを否定するような情報には耳を傾けない。自分のストーリーを完遂するために必要な情報だけを、無意識に集め続ける。
檻が快適なのは、意志が弱いからではない。脳が、そのストーリーを守ろうとしているからだ。
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身体も同じだ。
長年の姿勢、呼吸のパターン、筋肉の緊張——それは全て「これまでの自分のストーリー」だ。身体はそのストーリーを、細胞レベルで記録している。
新しい動きを「危険」と感じるのは、身体が弱いからではない。身体が、あなたのストーリーを守ろうとしているからだ。
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では、どこから始めるか。
身体を変えようとする前に——今日まで共に歩んでくれた身体に、感謝する。
今日まで私を運んでくれた脚に。命の源を全身に送り届け続けた拍動に。そしてこの私を生かしてくれている力が、明日さらに働きやすくなるように——喜び感謝して、今を生きる。
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感謝した瞬間、何かが変わり始める。
RASが「与えられているもの」を拾い始める。身体は「変えるべき敵」ではなく「共に歩む存在」として認識される。緊張が、少し溶ける。呼吸が、少し深くなる。
喜びのストーリーを生きる人間の身体は、喜びの証拠を集め続ける。
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身体はレーダーだ。
檻の中では、そのアンテナが錆びついていく。でも感謝と喜びが羅針盤になった瞬間——アンテナは再び、動き始める。
新しい感覚を「危険」ではなく「喜び」として受け取り始める。ストーリーは書き換えられるのではない。喜びの解像度が、上がっていく。


