第八話「意識のピンを、今に戻す。」

立つ、歩く、座る、呼吸する。
これらを意識的に観察したことはあるだろうか?
一日に何千回と繰り返している動作でありながら、私たちはそのほとんどを意識せずに行っている。
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動作は概念によって作られるのではなく、小脳や脳幹といった反射によって作られる。そしてその反射は、イメージによって導かれている。
「立って、目標地点まで歩く。」このイメージが人を立たせ、視覚、平衡感覚、足底からの地面反力まで——五感で感知しながら最適化する能力が働く。
しかし立ち上がる瞬間、頭の中はまだデスクワークの続きを考えている。キーボードに手を置き、ディスプレイを覗き込むイメージのまま、身体は立ち上がり、歩き出す。
意識が「今ここ」にないとき、身体は今ではない場所のイメージに最適化されたまま動くことになる。
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スマホやPCの画面を見続ける生活の中で、私たちの眼は知らず知らずのうちに変化していく。
一日の覚醒時間16時間のうち、視線がほぼ手元に集中している時間を積み上げると、周辺視野を使う機会が極端に少ない。形成外科医の現場では、眼瞼下垂のオペ予約が後を絶たない状況と伺っている。眼球を下方に維持し続ける生活の積み重ねが、臨床の場で見えてきている。
空を見上げて鳥を見て空を飛びたいとイメージするより、動画サイトのスカイダイビング映像から空を飛びたいと思う。イメージの源泉が、体験から映像へと移り変わっている。
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同じ思考を繰り返す人間は、同じ動作を繰り返す。同じ動作を繰り返す人間は、同じイメージの中に留まり続ける。
新しい動作とは、新しいイメージの獲得だ。新しい神経回路の開拓でもある。
眼の動きが変われば、いつもと同じ景色の中に新たな光が差す。耳が拾う情報が変われば、未来を構築するためのヒントが聞こえてくる。足底が地面を丁寧に感じれば、身体は今ここに還ってくる。
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あなたは今日、周りの景色を見ていましたか?
新しい動作は、最初は不自然に感じる。慣れ親しんだイメージの外に出ることだから。でも、その不自然さこそが、変化の証拠だ。
当たり前と思っていた世界の見え方が、変わり始める。
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次回は、その変化が個人を超えて、どう社会と繋がっていくかを考えていきます。


