先延ばしは”絶対悪”か?

全ては循環している。
太陽に照らされて海の水が水蒸気となって
雲になりやがて雨として降り注ぐ。
そして、その雨は地上に降り注ぎ、やがて
寄り集まって川へ。
それから海へとまた戻っていく。
この繰り返しこそ、”循環”というものだ。
このような自然の摂理。
すなわち水が地球を循環するように仕事も、
人生も出ていって又戻ってくるという循環を
絶えずおこなっているのではないだろうか?
だとすれば、
・自分が得たもの
・入ってきたお金
・めぐり会った人
それらを自分ひとりで握りしめるとか
独占しようとしたら自然の摂理である
循環の法則に反するのではないか?
持っているモノは何であれ、いずれは
手元を離れるものだ。
それが理解できれば執着も落ちるのでは
と思う。
水の循環も地球上の生きとし生けるものに
恵を与えている。
そう考えれば、自らが所有するものでも
それはあくまで短期的な所有であって、
いずれみんなのお役に立って活用される。
それが本来の姿なのではないだろうか?
だからこそ、稼いだお金はみんなの笑顔の
ために使うことが循環の法則に合っている
のかも知れない。
さらに言えば、頂いたご縁は、みんなが
良くなっていくように繋いでいく。
そう腹落ちすることで失ったモノや人との
別れもただの喪失感でなく次の形に変わる
ための循環だと思えれば、必ずいつか良縁
となって再び巡ってくると信じることが
できるのではないかと思う。
だからこそ、失うことを
・過剰に恐れない・不安にならない
・心配しない・執着しない
そんな態度で循環を信じて自ら積極的に
良いモノを提供し続けることが大事だ
と思う。



