無から生じ、無心に生きて、無に帰る

アンラッキーを避け、ラッキーだけを手に
入れることは可能か?
あるテレビ番組の中継で歌手・(故・大橋純子
さんが、定期検診で早期の食道がんがみつか
ったときの話です。
その当時「ステージ1ぐらい」という手術
するか、抗がん剤で治療するかは今後決めて
いくという話をされていました。
治療に専念するため、4月以降の仕事をキャ
ンセルすることも明かした。
(引用:デイリースポーツ)
当時、突然のガンの発表にビックリしました。
しかも、食道がんというと声帯は大丈夫なの
かって心配もしました。
しかし、それについては、大丈夫だと医師から
言われたそうです。
正直、それを聞いてホッとしたのを覚えています。
大橋さんの歌が昔から大好きでした。
本当にたくさんの名曲がありますよね。
シルエットロマンス
たそがれマイラブ
サファリナイト、etc
そもそも大橋さんの曲が好きな理由は、
一番はその歌声です。
ところで、ヒット曲以外にもとても好きな
曲があります。
それが、「男と女」という曲です。
その曲の中に「♪悲しいけれど出会いは
いつも終わりをしのばせる♪」という
歌詞があります。
男女間のことに限らず生きている上で、
すべてそうだなって感じるんです。
まさに「諸行無常」ということではない
でしょうか。
地位も名誉もお金もなにもかも掴んだと
思った瞬間から手からこぼれおちていく。
決して永遠に留まることは絶対にあり得
ない。
つまり、「この現実の世界のあらゆる事物は,
種々の直接的・間接的原因や条件によって
つくりだされたもので,絶えず変化し続け,
決して永遠のものではない」ということで
しょう。
また、「人間万事塞翁が馬」という話もあり
ますよね。
ラッキーと思ったことが、後々の不幸を呼び
込み。
アンラッキーと思ったことが後々の幸運を
呼び込む。
全ては事象は縁のなせる技なんでしょうね。
ところが、この縁が曲者なんですよね。
人は、自分に都合のよい縁をラッキーと呼び、
喜ぶ。
そして、都合の悪い縁をアンラッキーと呼び、
嘆く。
しかし、実は「縁」には良いも悪いも本来
ありません。
「縁」の真実は、「縁は計画できない」という
ことです。
つまり、恣意的にどうにかするこも出来ない
ということです。
やってくる縁はどんなに避けようと思っても
やってくるし、やってこない縁はどんなに
望もうがやってこないのです。
私達にできることがあるとすれば、それは
やってくる縁を正面からしっかりと受け
止めるしかない気がします。
偉人たちは、目の前で日々起こることに
一喜一憂せず、「今(この瞬間)を生きる」
「生ききること」の大切さを説いてます。
そんな悟るを得ることは永遠に自分には
無理なのは百も承知ですが(笑)
そうであっても「今を生きる」ということは
大切にしたいですよね。
これを実践すためには、毎朝、自らにこんな
問いかけが必要かもしれません。
「今日がもし人生最後の日だったら君は
何をする」とね。



