『遺産を寄付したい』 遺言書がなくてもできますか?
私は、業務で外出する際には、なるべく鉄道を使うようにしています。自分で運転しないわけですから、車窓から見える四季折々の風景を楽しむこともできますし、買ってはみたもののなかなか時間がなくてそのままになっていた本を読んだりすることもできます。そしてもう一つ、列車は老若男女を問わず様々な人が利用するので、私は人間観察を楽しむこともあります。
先日も、業務で外出した帰りに新幹線に乗っていたのですが、途中駅から乗り込んできた70歳前後と思われる男性3人組の会話が聞こえてきました。3人の男性はみなご近所同士らしく、ご近所のお宅で起こっている相続トラブルの話をしてるようでした。そして、その中のひとりの男性が『我が家では俺が死んだら全部長男に相続させることになっている。他の子どもたちにはもう放棄させてあるし、万一のためにも一筆書かせてあるから大丈夫だ』とおしゃっていました。
相続実務に携わっていると、この方のように誤解や思い込みをされている方をとても多く見かけるのです。どなたかにお聞きになったのか、あるいはご自分でお調べになったのかはわかりませんが、制度そのものを誤解されていたりあるいは他の制度と勘違いなさっている方がとても多いのです。
まず、相続放棄については、相続が開始する以前にあらかじめ放棄をしても無効となります。たとえ、一筆書かせたとしてもそもそも放棄自体が無効なわけですから、相続が開始したときにそんな書面を持ち出してきても法の助力は得られないことになるのです。むしろ、そのように法を無視したいいかげんな対応をすることで、相続人同士が感情的に対立してとんでもない相続トラブルになってしまう危険性があり、私に言わせればいいことなどひとつとしてありません。
もしも、何らかの事情や経緯があって、どうしても特別にご長男に手厚い配慮をしたいということであれば、きちんとした遺言書をお書きになればいいことです。全ての相続人に対して一定の配慮を見せた内容の遺言書を公正証書にしておくことはもちろんですが、遺言に書かれた内容が確実に実現されるためにも遺言書の中で遺言執行者を指定しておけば、相続を争続にすることはほぼないと断言できます。
『相続放棄させてある? そんなことはできないはずですよ!』
本当はあの男性にそう言いたかったのですが、たまたま列車に乗り合わせただけの私がまさか見ず知らずの方にそんなことをお話しするわけにはいかず、きちんとした専門家と出会って適切・的確な助言を受けてほしいと願いながら列車を降りるしかありませんでした。
私がやるべきことはただひとつしかない、それは、これからも相続・遺言の法律専門職としてひとりでも多くの方と出会って、『どこかで誰かに聞いた相続に関するそのお話は本当に間違いありませんか。ご自分でお調べになったその知識は本当に勘違いや誤解をなさっていませんか。』と伝え続けていかなければならないと改めて認識させられた次第です。これからも、一般の方の相続や遺言に対する誤解や不安を解きほぐして、適切な助言をし続けていきます。