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個人消費拡大を阻むもの

伊藤惠悦

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テーマ:その他

個人消費は依然低迷を続けています。アベノミクス開始当初も個人消費の拡大は大きなテーマでした。当時、日銀の金融緩和を主導するリフレ論者は以下のように主張していました。

「デフレ下では継続的に物価が下落し、先に行けば行くほどモノの値段は安くなり、消費を先送りするほど得になるから、個人消費は盛り上がらない。つまり、個人消費低迷の最大の原因はデフレにある。デフレから物価が上昇するインフレに転換しさえすれば、先に行くほどモノの値段は高くなるのだから、消費者はモノを早く買おうとして、消費は活性化し、日本経済は成長する。だから、日銀が大胆な金融緩和を行い、インフレ状況を作り出せばよいのだ。」

このような理論で日銀は異次元の金融緩和に踏み出したのですが、物価は日銀の思惑通りには上昇しませんでした。しかし、ここ2~3年、海外発インフレの波及や円安の影響で日本にもインフレが到来しました。このインフレは日銀の金融緩和の直接的な結果ではなく、日銀の思惑とは違う形ではあったのですが、とにもかくにも切望としていたインフレにはなったのです。それでも、個人消費に火がつくことはありません。すると、個人消費低迷の説明は次のように変わりました。

「消費を左右する最大の要因は実質所得だ。現在は物価上昇が先行し、賃金上昇が物価上昇に追いつかず、実質所得が低下していることが、消費が盛り上がらない要因だ。賃金上昇率がインフレ率を超え、実質所得が上昇しさえすれば、個人消費は回復する。実質所得の上昇のためには、本体である賃金の上昇は当然だが、今回の定額減税のような所得税減税や消費税減税も有効だ。経営者が賃上げを行う他、財政政策も効果的であり検討の余地がある。」
というわけで、現在は実質所得の動向に焦点が当たっている状況です。

このように、個人消費低迷の説明は変遷してきているのですが、私はこれまでの議論において、個人消費活性化のための、重要な論点が置き去りにされているように思えてなりません。それは「将来生活への不安感」です。個人消費に影響を与えるのは、物価や実質賃金といった現在の状況だけではなく、将来見通しも重要な要素になるからです。将来は不透明であり、日本の社会経済の行方に止まらず、自分自身の職業さえどうなっているか分かりません。そんな中で、子供の教育とか家族の老後生活に備えなければなりませんから、不安感があるのは当然です。その不安感を政府がどこまで軽減できるかが問われるのです。

国の財政状況に問題がなく、政府が行う施策にも信頼感があれば、子供の養育や将来の老後生活に不安感を持たずに済みます。そうであるなら、手持ちの所得を将来のためにむやみに貯蓄することなく、現在の消費に振り向けることができます。ところが、財政状況や政府の施策に懸念があり、将来の年金、医療、教育等に国が十分な資源を割くことができないのではないかという不信感が強くなると、自助努力に頼らざるをえません。そうなると、どんなにインフレになろうが実質所得が増えようが、現在の消費はできるだけ切り詰め、将来支出に備え貯蓄しようと努めるしかありません。その結果、個人消費は抑えられるのです。

個人消費が、現在の実質所得だけではなく、将来生活への不安感にも依存するとなると、所得税や消費税の減税の消費に与える効果は複雑なものになります。つまり、減税により現在の実質所得は増加するでしょうが、裏腹に財政負担は増加し、ただでさえ苦しい財政状況への懸念を高め、将来生活に対する不安感を募らせることになるからです。現在の実質所得へのプラス効果と、将来の財政へのマイナス効果の比較衡量になるのですが、私は現在の日本の状況を考えれば、マイナス効果も決して軽視できないと思います。

(記事提供者:(株)日本ビジネスプラン)

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