価格転嫁のコツは「原価示した交渉」
利益は販売価格からコストを控除して算定されます。競合企業の参入等により、販売価格が低下し、十分な利益が確保できなくなってきたとき、企業には、コストを引き下げるか、あるいは新たな価値を追加して販売価格を引き上げるか、の2つの選択肢があります。
ここで注意しなければならないのは、販売価格とコストの決まり方の違いです。
製品の販売価格は、特定の企業に価格決定権はなく、市場における需要と供給のバランスで決まります。販売価格は製品を提供する企業が自分で決めているように見えますが、実際には市場の需給動向をにらみながら、受動的に市場価格を受け入れているにすぎません。つまり、販売価格は市場、つまり企業の外で決まります。
コストは原材料の仕入価格や人件費などから構成されます。それらの価格は販売価格と同様に市場で決まりますが、そこで成立した価格を前提に、企業努力と工夫次第で企業の中で変動させることができます。放漫経営を行っているとコストは上がりますが、経費節減を徹底すればコストを抑え、他社に差をつけることは可能です。
販売価格とコストの差が縮まり、利益が落ちてきたとき、企業が第一に考えるのはコスト削減です。販売価格は所与であるのに対し、コストは自助努力で、ある程度コントロールできるからです。仕入先や発注方法を変え原材料を安く抑えたり、ロボットを導入するなどして生産工程を改善すれば、コストを削減することができます。
一方、前述したように販売価格は市場で決まりますから、自分の力では動かせません。ただ、それは現在の製品スペックを前提にしているからです。新しい製品を開発したり、既存の製品に新たな付加価値を付けたりして、新たな市場を開拓すれば、販売価格を引き上げることが可能です。しかし、新製品開発や製品の付加価値を高めるためには投資が必要となり、コストの増加につながる可能性が大きくなります。
企業は単純にコスト引き下げに走るか、コストをかけても付加価値をつけ、販売価格引き上げに挑むかの選択を迫られることになります。それが象徴的に表れるのが人件費です。コストを引き下げるなら、人件費は削減しなければなりませんが、付加価値を生むアイデアは人から生まれますから、高付加価値を志向するなら、人件費削減は逆効果です。
利益を出すために、多くの企業は人件費を削減し、コスト引き下げを選択するでしょう。というのは、コストの削減は主として企業努力で実現し、効果が確実に見えるからです。これに対し、製品の付加価値増を期待し人件費を増やしたとしても、本当に販売価格を引き上げるほどの付加価値を実現できるかどうかは、市場の受け入れ方次第で不確定です。また、利益が落ちている中でのコスト増加になりますから、失敗した時の責任も免れません。
そういうことを考えると、人件費を削減しコスト圧縮を志向するのは個別企業の経営判断としては合理的な選択だといえます。しかし、すべての企業がその合理的な選択をすると、国全体の従業員の賃金が下がり、購買力が落ち、経済は縮小均衡に陥ります。それがバブル崩壊以後の日本経済衰退の要因の一つではなかったのではないかと私は思っています。
我が国の国民性の特色の一つに、同調圧力の強さがあるといわれています。強い協調性は、経済が上り調子の時は、経済成長に拍車をかけますが、経済が下り坂になると、皆が一斉に同じ行動をとりますから、下り坂にブレーキをかける力が働かなくなります。下り坂を反転させるには、大多数とは違うことをしようとする異分子の力が不可欠です。
簡単なことではないのですが、製品に付加価値を付け、新市場開拓に挑戦する勇気も企業家に求められる重要な素養であることを忘れてはならないと思います。
(記事提供者:(株)日本ビジネスプラン)