『漢字が楽に打てるようになった!』という革命

辻村豊

辻村豊

テーマ:研究開発のヒント

皆様方、お世話になっております。日々雑感を綴っております。

活字拾い

既に曽祖父が小学校を4年間で切り上げ、活字拾いをしていたことはこのコラムで書きました。

(日本初の幼児向け絵雑誌『こども』)
https://mbp-japan.com/hyogo/banyohkagaku/column/5222447/

曽祖父は活字拾いをしながら、漢字を覚えていったそうです。
そもそも活字拾いとはどのような仕事だったのでしょうか?
昔は印刷物を作るということは、一文字ずつ印章(ハンコ)をひたすら丹念に並べることを意味していました。それには膨大な手間と時間が必要でした。
詳しくは下記に書かれています。

(活字拾い(文選):知識の普及に貢献した職業。銀河鉄道に乗れた理由は…)
https://kietashigoto.com/katsujihiroi/

当然のことながら、このような活字を使った印刷物は、専門業者でないとできない技でした。

ガリ版印刷

一方、明治から昭和の中ごろまで、学校で配られる印刷物などは、ガリ版印刷と呼ばれる方法で印刷されていました。これは原紙(表面にロウを塗った薄い紙)に鉄筆で文字を書くと小さな穴があきます。その穴からローラーでインクを押し出して紙に転写する(孔版印刷)ものです。原稿を鉄筆(てっぴつ)で文字を書くとき、ガリガリ音がすることから「ガリ版印刷」とも呼ばれました。更に1956年ごろ、「製版機」が登場し、原稿づくりも大きく変わりました。原稿を光センサーで読み取り、それを電気信号に変えて自動的に原紙に小さな穴をあける手法です。
それまでの手書きに代わって、タイプで打った文字を使ったり、写真やイラストを入れてレイアウトしたり、きれいな印刷物を効率よくつくることができるようになりました。
詳しくは下記に書かれています。

(印刷機の歴史を探ろう!)
https://digital.jbmia.or.jp/exd/exdd03..html

ここで重要なことは、原稿が手書きではなく、タイプで打った文字が使えるようになったことです。
しからば、『タイプとは何か?』になります。
これはタイプライターで字を書くことです。
と申しますのも、今やタイプライターも死語となっているように思います。
このタイプライターは言わば主にアルファベットや数字をボタンを押すだけで活字で書くことができる道具です。
UECコミュニケーションミュージアムHPより(電気通信大学 UECコミュニケーションミュージアムHPより)

こうなりますと、欧文に関しては、きれいで見やすい印刷物が簡単に作れるようになりました。
一方、漢字が使われる和文となると、上記のように専門業者に頼むか?手書きの二択しかありませんでした。
一応、和文タイプライターというものはありました。実際、通っていた高校では和文タイプライターを使って配布物を作っていた先生もいました。しかしながら、1文字1文字多くの文字の中から拾わねばならないため、文章を仕上げるためには、かなりの時間を要するものでした。故に欧文タイプライターとは作業効率が比べ物にはなりませんでした。
(電気通信大学 UECコミュニケーションミュージアムHPより)

スピーディーにカッコよく文章が書きたい!

そんな背景もあったのでしょうか?国立民族学博物館の初代館長でもあった梅棹忠夫先生は文章をスピーディーにカッコよく書きたいと思っていたようです。それ故に、日本語を書くためのタイプライラ―の開発まで行っていたようです。

(世界に一台しかないタイプライター)
https://www.minpaku.ac.jp/post-goods/49133

更に『知的生産の技術(岩波新書)』の中でも下記のような記述があります。

P153
ペンからタイプライターへ
わたしのつもりからいえば、とにかくタイプライターという機械とつかって日本語をかくのが目標であって、ローマやカナモジをつかうのが目的ではない。それが社会にうけいれられるためには、心理的抵抗が最低のものではないといけない。できることなら、いまの漢字かなまじり文を、そのままタイプすることができれば、それにこしたことはないのである。それができないから、苦労するのである。

ここで特に重要なことは『いまの漢字かなまじり文を、そのままタイプすることができれば、それにこしたことはないのである。それができないから、苦労するのである。』の箇所です。

『漢字が楽に打てるようになった!』という革命

この梅棹先生の悩みは、ワープロの出現により、一気に解決することとなりました。正に『革命!』と言っても良いぐらいの出来事だったと考えます。
ワープロの歴史については、下記に詳しく書かれています。

(文書作成に特化した専用機、日本語ワープロがもたらしたもの)
https://mypage.otsuka-shokai.co.jp/contents/business-oyakudachi/it-history/chapter003/wordprocessor.html

てなことで、今やパソコンで普通にキーボードで打ち、漢字に変換している作業も、上記のような歴史があったということで、それを振り返ることは大きな意義があると考えます。

AIのおぞましさ

さて、ここで『梅棹忠夫×漢字×知的生産の技術 ×廃止』と検索してみます。『AI による概要』として、下記のように出て来ました。

梅棹忠夫は著書『知的生産の技術』(1969年・岩波新書)の中で、日本語の効率的な情報処理や国際化をめざし、漢字を減らして「ひらがな(わかち書き)」や「ローマ字」で表記すべきという漢字廃止論(国字改革論)を強く主張しました。

全く持ってAIのおぞましさを見せつけられました。『知的生産の技術』の中で、上記のように『ローマやカナモジをつかうのが目的ではない。』『いまの漢字かなまじり文を、そのままタイプすることができれば、それにこしたことはないのである。』と明記されているにもかかわらず、AIは全く異なることを言って来たので呆れるばかりでした。おそらく本文中に『カナモジ』や『ローマ字』という言葉が多用されていたため、『最も重要な部分=実は梅棹先生が最もやりたかったこと』を切り捨てたのだろうと思われます。やはり書籍というものは、如何に真面目に最初から最後まで自力で読むべきものだということを痛感致しました。

きちんと本を読んだことがある人なら、要約本は害しかないことを知っている。特に古典と呼ばれるものは要約できない。要約できないからこそ古典なのだ。それはすぐには「消化」できない。一番大切なのはそこに含まれる表面に出て来ないものである。だからAIは原理的に古典を要約することはできない。読書とは著者の思考のプロセスを追体験し、その森に迷い込むことである。迷いながら自分の足で歩くことにより、知識は初めて腑に落ちる。「わかった気になること」と「わかること」は違う。
(適菜収、AIは人間を殺さない、飼い殺す―全体主義という心地よい檻、P25)
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784584126226

(本は端折らずに一気に読む方が良い?)
https://mbp-japan.com/hyogo/banyohkagaku/column/5229535/

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辻村豊
専門家

辻村豊(技術コンサルタント)

合同会社 播羊化学研究所

原料や素材の研究開発、製造工程、PRなどに関するお困りごとをサポート致します。専用の実験室で実証実験や試作も可能です。技術系社員の育成、技術承継のご相談なども承ります。博士(工学、1997年大阪大学)

辻村豊プロは神戸新聞社が厳正なる審査をした登録専門家です

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