AI活用による製造現場の技能蓄積・継承戦略(その4:「賢い設備」が技能伝承の鍵を握る?)
デジタル化というと、ロボットやIOT、AIというとチャットポッドによる検索、画像生成などが頭に浮かびます。そして、仕事で活用し、効果を得る場合、スモールスタートですぐできるところから始めることが重要とよく言われます。
しかしよく考えてみると、具体的に何をどのように導入すれば良いか方法が分からい場合が多いのではないかと考えられます。このことを念頭に社員の仕事のやり方を変革し、どのように考え、行動したらよいかを解説します。
一般的に、「AI」や「DX」という言葉が先行し、導入事例も「大規模なロボット導入」や「全社的なシステム刷新」といった話になりがちで、現場の社員が「では、自分は明日から何をすれば?」と迷ってしまうのは当然のことです。
このギャップを埋めるために社員の皆様に求められるのは、「AIを導入する」という発想から、「AIで(自分の仕事を)ハックする」という発想への転換です。
そのために必要な「考え方(マインドセット)」と「行動(アクション)」を、スモールスタートの観点から具体的に整理します。
1. 持つべき「考え方」(マインドセット変革)
「何かすごいシステムが来る」と待つ姿勢ではなく、「今ある道具で、今日の仕事を少し楽にできないか?」と考える能動的な姿勢が鍵です。
「ツール起点」ではなく「課題起点」で考える
●ダメな考え方: 「チャットボットを導入しろと言われた。何に使おう?」
●良い考え方: 「過去のトラブル事例を探すのにいつも30分かかる。この検索をAIで瞬時に終わらせられないか?」
●ポイント: 先に「チャットボット」や「画像生成」というツール(ハンマー)ありきで考えると、すべてが釘に見えてしまいます。そうではなく、まず自分の仕事で「面倒くさい」「時間がかかる」「ミスが多い」という「不(不満、不安、不便)」を見つけることがスタートです。
「完璧な導入」ではなく「60点での試行」を是とする
●ダメな考え方: 「全社のデータを学習させた完璧なAIができるまで待とう」
●良い考え方: 「まず自分のPCにあるマニュアル5個だけをAI(例: NotebookLMなど)に読み込ませて、質問に答えてくれるか試してみよう」
●ポイント: AIは「育てていく」ものです。最初から100点満点のシステムは作れません。60点の出来でも、今までの「0点(手作業)」よりマシなら、それは「改善」です。品質管理におけるPDCA(特にDoとCheck)を高速で回す感覚に近いです。
「IT部門の仕事」ではなく「自分の業務改善」と捉える
●ダメな考え方: 「AIのことは、IT部門や専門家がやればいい」
●良い考え方: 「このExcelの集計作業、Copilot(AIアシスタント)にやらせたら5分で終わるかも」
●ポイント: 関心のある「ノーコードAI」の普及が意味するのは、現場の人間が自分でAIを使える時代の到来です。プログラミングが不要なツールを「自分のための新しい文房具」として捉えることが重要です。
2. 起こすべき「行動」(具体的なスモールスタート)
上記マインドセットを持った上で、明日からでも始められる具体的な4つのステップです。
●ステップ1:自分の「ムダ」を書き出す
まず、自分が毎日・毎週行っている業務を棚卸しします。
その中で、「時間を取られている定型作業」を探します。
例1:日報や週報の作成
例2:過去の資料(仕様書、クレーム報告書)の検索
例3:会議の議事録の要約
例4:顧客への定型的なメール返信
●ステップ2:「手元のAI」で試してみる
特別な導入は不要です。今や誰でも使える無料・安価なAIを使います。
(試行例)
議事録要約
会議の録音(または文字起こし)をChatGPTに貼り付け、「この会議の決定事項と次のタスクを箇条書きでまとめて」と指示する。
資料検索
ご関心のあるNotebookLMのようなRAGツールに、自分の担当製品のマニュアルや過去のトラブル報告書を数件アップロードし、「○○の不具合が出た時の対処法は?」と質問してみる。
メール作成
「○○社に、納期遅延のお詫びと新しい納期(X月X日)を伝える丁寧なメール案を作成して」と指示する。
●ステップ3:「5分の時短」を喜ぶ
ステップ2の結果を評価します。AIの回答は100点ではないかもしれません。
しかし、「要約の精度は70点だが、自分でゼロから書くより15分早くなった」「メールの文章は80点。少し手直しすれば十分使える」というように、「部分的な効果」や「時間の節約」を実感することが重要です。
●ステップ4:「小さな成功」を共有する
これが最も重要です。
「議事録の要約をAIにやらせたら、作業時間が半分になったよ」と、同僚やチームにその方法を共有(横展開)します。
この小さな成功体験の共有が、部署全体、ひいては会社全体の「AIを使ってみよう」という文化的な変革の第一歩となります。
まとめ:リーダー(経営者・管理者)の役割
社員にこうした行動変革を促すために、リーダーの皆様(ご自身のセミナーの受講者層)がすべきことは、「AIを導入しろ」と号令をかけることではありません。
「遊べる砂場」を提供すること
社員が自由にAI(例:全社版ChatGPT、Copilotなど)を試せる環境をセキュリティに配慮しつつ提供する。
「失敗」を許容し「試行」を称賛すること
「60点で試す」ことを奨励し、小さな成功(5分の時短)を見つけて称賛する文化を作ること。
この「現場の小さな課題解決(ボトムアップ)」と「経営層の環境整備(トップダウン)」が噛み合った時、初めてAI活用は「スモールスタート」から全社的な変革へとつながっていきます。
事例
「作業ミスを減らしたい」というテーマについて考えてもらう場合、人の作業をロボットに置き換えるという発想が先行してしまいます。しかし、単純に人からロボットに置き換えることはできません。
何故なら人間はロボットよりはるかに優秀な判断力を持ち臨機応現な対応が可能です。ロボットに置き換えたとたんに、様々な問題が発生し、ロボット導入は失敗に終わるでしょう。このため、何からAIやデジタル化に取り組んでいけば良いかがわからないのです。
「作業ミスを減らしたい」と考えたとき、すぐに「人をロボットに置き換えよう」と発想するのは、実はDX(デジタルトランスフォーメーション)ではなく、単なる「自動化」の発想です。
人間の「臨機応変な判断力」は非常に高度です。ロボットは決められた動作の繰り返しは得意ですが、少しでも状況が変わる(部品の置き方が違う、いつもと違う影があるなど)と停止してしまいます。
そこで、「作業ミスを減らす」ためのAI・デジタル化は、「人間を置き換える」のではなく、「人間の弱点を補強する」という視点でスモールスタートを切るべきです。
人間のミスは、多くの場合「動作」そのものよりも、その前段階の「認知(見間違い)」「記憶(ど忘れ)」「判断(勘違い)」で起きています。AIやデジタル技術は、まずこの「認知・記憶・判断」をサポートするために使うのが最も効果的で、スモールスタートに適しています。
具体的な3つのアプローチをご紹介します。
アプローチ1:「記憶」と「判断」のミスを防ぐ
(スモールスタート案:AIによる「手順・知見」の即時検索)
●現場の課題
「この型番の時の、正しい作業手順書はどれだっけ?」
「以前、似たような不具合があった時、どう対処したか忘れてしまった」
「新人なので、ベテランの判断(勘所)がわからない」
なぜミスが起きるか: 正しい知識や過去の事例を「忘れている(記憶ミス)」か、探すのが面倒で「自己流で判断(判断ミス)」してしまう。
●具体的な始め方(スモールスタート)
AIに教科書を与える
まずは特定の工程や製品に関する「作業標準書」「過去のトラブル報告書」「ヒヤリハット事例」「熟練者の作業メモ」などを、PDFやWordのまま(整理不要です)、NotebookLMや社内版ChatGPTのようなAIツールに読み込ませます。(まずは10個のファイルからでも構いません)
●AIを作業の「副操縦士」にする
作業者がタブレットやスマホを持ち、「アラームAが出たらどうする?」「型番Bの時の注意点は?」とAIに質問します。
●得られる効果
人間(作業者)は「臨機応変な作業」に集中できます。
AIが「記憶(過去の知見・標準)」を担当し、人間が忘れていたり勘違いしたりしそうな部分を瞬時に補強します。これにより、判断ミスや記憶ミスが劇的に減ります。
アプローチ2:「記憶」のミス(抜け漏れ)を防ぐ
(スモールスタート案:デジタルチェックリストによる「作業のナビゲーション」)
●現場の課題:
「紙のチェックリストに印をつける作業が形骸化している」
「複数の作業手順のうち、うっかり1工程飛ばしてしまった(記憶ミス)」
●なぜミスが起きるか
人間の注意力が持続しないため、ルーティン作業で「やったつもり」になり、抜け漏れが発生します。
●具体的な始め方(スモールスタート)
紙をデジタルに
今使っている「紙の作業前チェックリスト」や「品質確認リスト」を、GoogleフォームやMicrosoft Forms、あるいはkintoneのようなノーコードツールでデジタル化します。(まずは1種類のリストから)
●作業を強制ナビゲート
作業者はタブレットで「1. 部品Aを確認」「2. トルクレンチ設定確認」と表示される順に作業し、完了したらチェックを入れます。
●証拠(エビデンス)を残す
「部品Aのセット状態の写真」や「計測器の数値の写真」を撮らないと次に進めないように設定します。
●得られる効果
作業の手順がナビゲートされるため、抜け漏れ(記憶ミス)が物理的に起こせなくなります。
「やったふり」がなくなり、作業の証拠がデジタルで残るため、後からのトレーサビリティ(追跡)も容易になります。
アプローチ3:「認知(見間違い)」のミスを防ぐ
(スモールスタート案:スマホAIによる「目視のダブルチェック」)
●現場の課題
「似たような型番の部品を取り違えてしまった」
「シリアルナンバーを読み間違えて記録した」
●なぜミスが起きるか
人間の目視(認知)は、疲労や思い込みによって簡単にミスを犯します。
●具体的な始め方(スモールスタート)
高価な検査機は不要: 大掛かりな「画像検査装置」を導入する必要はありません。まずは作業者の持つスマホや、PCにつないだ安価なWebカメラを使います。
●AIの目で確認
部品の型番やシリアルナンバーをスマホのカメラで写し、AI OCR(Googleレンズなど無料の機能でも可能)で読み取り、作業指示書と合っているかデジタル的に照合します。
部品Aと部品Bなど、取り違えやすい部品の写真をAIに学習させ(ノーコードAIツールで可能)、今カメラに写っているものが正しいか簡易判定させます。
●得られる効果
作業者自身の目視(一次チェック)に加えて、AIの目(二次チェック)が入ることで、「うっかりした見間違い(認知ミス)」を防ぐことができます。
このように、「作業ミス削減」においては、まず人間の「記憶・判断・認知」をAIやデジタルで補強することから始めるのが、失敗しないスモールスタートの鍵となります。
これらのアプローチの中で、特にどのあたりから取り組めそうだと感じられますか?
皆さんも考えてみてください。
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