【エンジニア向け】マテリアルズ・インフォマティクス(MI)入門:勘と経験からデータ駆動の開発へ

濱田金男

濱田金男

テーマ:生成AIによる業務効率化

新素材や改良材料の開発、まだ職人技のような「勘と経験」に頼っていませんか?「あの添加剤を少し足してみよう」「この温度条件で試してみよう」といった試行錯誤は、時に素晴らしい発見を生む一方で、膨大な時間とコストがかかるのが現実です。

もし、AIが最適な「次の一手」を教えてくれるとしたら?

それを実現するのが、今回ご紹介するマテリアルズ・インフォマतिクス(MI)です。この記事では、MIが何であるか、そしてMIを使って新製品開発をどう変革できるのかを、エンジニアの皆さまに向けて分かりやすく解説します。

そもそもマテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは?
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは、一言で言えば「情報科学(Informatics)の力で材料開発(Materials)を加速させるアプローチ」のことです。

具体的には、AI(機械学習)や統計学、データベース技術などを活用して、実験データや論文、特許情報といった膨大なデータの中から、材料の「配合・プロセス」と「特性・性能」の間の隠れた関係性や法則性を見つけ出します。

従来の開発が、料理人が勘と経験で新しいレシピを作るのに似ているとすれば、MIは、過去の膨大なレシピと食材データをAIが解析し、「この組み合わせなら、きっと美味しいものができる」と科学的に予測するようなものです。

MIを活用した新製品開発の4ステップサイクル
では、実際にMIをどう使って製品開発を進めるのでしょうか?基本は以下の4つのステップをサイクルとして回していきます。

ステップ1: データの収集と仮説構築
まずは、AIに学習させるためのデータを集めます。社内に蓄積された過去の実験データ、学術論文、特許情報などが主な対象です。

やること:
・開発目標を明確にする(例:ABS樹脂の耐衝撃性を15%向上させる)。
・関連する論文や特許をAIで検索・要約させ、有望な添加剤やプロセス条件の候補を洗い出す。
・過去の実験データと合わせて、「このパラメータが性能に効きそうだ」という仮説を立てる。

ステップ2: AIによる効率的な実験計画
次に、仮説を検証するための実験を計画します。MIの真骨頂はここです。パラメータの組み合わせを全て試すのではなく、AIが「最も情報価値の高い実験」を提案してくれます。

やること:
・ベイズ最適化などの手法を使い、AIに次の実験条件(配合比、温度、圧力など)を算出させる。
・これにより、無駄な実験を大幅に削減し、最小限の回数で最適な条件に近づくことができます。

ステップ3: 実験とAIへのフィードバック
計画に沿って実験を行い、その結果をデータとして蓄積します。そして、その新しいデータをすぐにAIにフィードバックします。

やること:
・実験条件と得られた性能(物性値など)を正確に記録し、データベースに追加する。
・新しいデータを学習したAIは、さらに賢くなり、予測精度が向上します。この「実験→データ追加→再学習」のサイクルが開発を加速させます。

ステップ4: 最適化とメカニズムの探求
このサイクルを繰り返すことで、目標性能を達成する最適な材料レシピやプロセス条件が見つかります。

やること:
AIが予測した最適条件で最終的な検証を行う。

「なぜその条件で性能が向上したのか?」というメカニズムを、論文データなどと照らし合わせて考察し、技術的な裏付けを取る。これにより、特許化や技術の横展開に繋がります。

MIがもたらす3つの大きなメリット
エンジニアにとって、MIを導入するメリットは計り知れません。
・開発スピードの劇的な向上: 従来数年かかっていた開発が、数ヶ月に短縮されるケースも珍しくありません。無駄な実験をなくし、最短ルートでゴールを目指せます。
・コスト削減: 実験回数や使用する材料を最小限に抑えられるため、開発コストを大幅に削減できます。
・革新的な材料の発見: 人間の固定観念では思いつかないような、意外な材料の組み合わせやプロセス条件をAIが見つけ出し、これまでになかった画期的な新材料が生まれる可能性があります。

さあ、はじめの一歩を踏み出そう
「AIなんて難しそう…」と感じるかもしれませんが、まずは小さな一歩から始めることができます。
・まずはデータの整理から: まずは、散在している過去の実験データをExcelなどに整理整頓し、デジタル化することから始めてみましょう。きれいなデータはMIの最も重要な資産です。
・スモールスタート: 全ての開発にMIを導入するのではなく、特定の課題を持つ一つのプロジェクトで試してみるのがお勧めです。
・専門家との連携: データサイエンティストやMIの専門知識を持つ部署、あるいは外部のコンサルタントと協力することも有効な手段です。

新技術・新製品開発に革新をもたらす「〇〇インフォマティクス」
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)と同様の考え方、すなわちAIやデータサイエンスを活用して開発サイクルを高速化するアプローチは、新素材以外の多くの分野で「〇〇インフォマティクス」として広がり、新技術・新製品開発に革新をもたらしています。

MIの核心は、「原因となる多数のパラメータ(入力)」と「結果として得られる性能や特性(出力)」の関係性をデータからAIに学習させ、望ましい結果を得るための最適なパラメータを効率的に見つけ出すことです。

この考え方を応用している代表的な例をいくつかご紹介します。

1. 創薬・化学プロセス開発(ケモインフォマティクス / プロセスインフォマティクス)
MIと最も親和性が高い分野の一つです。

入力(原因):
・創薬: 化合物の分子構造、構成原子の種類
・化学プロセス: 反応温度、圧力、触媒の種類、原料の投入速度

出力(結果):
・創薬: 薬の効き目(薬効)、副作用の有無、体内での吸収性
・化学プロセス: 目的物質の収率、不純物の量、反応時間

やっていること:
膨大な化合物ライブラリの中から、AIが特定の病気に効果がありそうな分子構造を予測(スクリーニング)したり、最も効率よく目的の化学物質を合成できる反応条件をシミュレーションと実験を組み合わせて探索したりします。これにより、従来10年以上かかっていた新薬開発の期間短縮が期待されています。

2. 製造業におけるプロセス最適化(スマートファクトリー)
生産ラインにおける品質向上や効率化に応用されています。

入力(原因):
工場のセンサーデータ(温度、湿度、振動)、製造設備の稼働条件(モーターの回転数、ロボットアームの速度)、原材料のロット情報

出力(結果):
製品の品質(寸法精度、強度)、不良品の発生率、設備の故障予知、エネルギー消費量

やっていること:
熟練技術者の経験と勘で行っていた「微妙な調整」をデータ化し、AIに学習させます。例えば、AIがセンサーデータから「このままだと3時間後に不良品が発生する可能性が高い」と予測し、最適な設備条件を提示します。これにより、品質の安定化と生産性の向上を両立させます。

3. 食品・飲料開発(フードテック)
新しい味や食感、機能性を持つ食品の開発に活用されています。

入力(原因):
原材料の配合比率、産地、加工プロセス(加熱温度・時間、攪拌速度)、熟成条件

出力(結果):
味、香り、食感といった官能評価データ、栄養成分、保存期間

やっていること:
例えば、過去の製品レシピと消費者アンケートのデータをAIに学習させ、「20代女性に好まれる爽やかな酸味と食感」を持つ新商品を開発するために、最適な果汁の配合比率や香料の種類をAIに提案させるといった取り組みが行われています。ビールの醸造プロセス最適化なども好例です。

4. 農業(スマート農業 / アグテック)
作物の収穫量や品質を最大化するために利用されています。

入力(原因):
土壌センサーのデータ(水分量、肥料濃度)、過去の気象データ、日照時間、農薬や肥料の散布量とタイミング

出力(結果):
作物の収穫量、糖度やサイズなどの品質、病害の発生確率

やっていること:
広大な農地のどこに、いつ、どれだけの水や肥料を与えるのが最適かをAIが分析・予測します。ドローンで撮影した葉の色から生育状況を判断し、ピンポイントで栄養を与えるといった活用も進んでおり、収穫量の最大化と環境負荷の低減を目指しています。

共通する考え方とメリット
これらの例に共通するのは、以下の点です。
・脱・勘と経験: 属人化しがちなノウハウを形式知(データ)に変える。
・サイクルの高速化: 「計画→実行→評価」のサイクルを、AIによる予測と最適化で高速に回す。
・膨大な組み合わせの探索: 人間では試しきれないような膨大なパラメータの組み合わせの中から、AIが有望なものを発見する。

これにより、あらゆる分野で「開発期間の短縮」「開発・製造コストの削減」「品質の向上・安定化」、そして「これまでになかった革新的な製品・技術の創出」が期待されています。

ご自身の業務においても、「原因となっているパラメータは何か?」「結果として改善したい指標は何か?」を整理してみることで、このデータ駆動型アプローチを応用できるヒントが見つかるかもしれません。

〇〇インフォマティクスは、新製品開発のあり方を根本から変える力を持っています。この新しい波に乗り、データ駆動型のエキサイティングな製品開発を始めてみませんか?

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濱田金男プロは上毛新聞社が厳正なる審査をした登録専門家です

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