羅針盤なき国家・日本の未来:今こそ「グランドデザイン」を国民と共に描くとき

濱田金男

濱田金男

テーマ:日本の未来を考える

序章:羅針盤なき航海に出ていませんか?
私たち日本人は、世界に誇るべき強みを持っています。それは、現場の一つひとつの課題を丹念に拾い上げ、改善を積み重ねていく「ボトムアップ」の力です。製造業の品質管理から日々の業務改善まで、この力は戦後の奇跡的な経済成長を支え、今なお日本社会の隅々に息づいています。

しかし、その一方で、私たちは大きな課題に直面しています。企業においても、政治においても、組織や国家の進むべき未来を指し示す、明確で力強い「トップダウン」のビジョンを描くことが苦手なのではないでしょうか。

まるで、優秀な船員たちが懸命に甲板を磨き、帆を調整しているにもかかわらず、船長がどの港を目指すのか、明確な海図と羅針盤を示せずにいる。そんな航海に出てはいないでしょうか。個々の努力が空回りし、社会全体がどこへ向かっているのか分からないという閉塞感。その根源には、この「ビジョン欠如」という構造的な問題があるように思えてなりません。

なぜ私たちは未来を描けないのか
「失われた30年」と称される長期停滞の中、多くの国民が将来に漠然とした不安を抱いています 。最近、各地で起きている「財務省解体デモ」のような動きも、単なる政策批判というよりは、自分たちの負担に対して、政府が納得のいく未来像を示せていないことへの根源的な不満の表れと見るべきでしょう。  

政治の舞台では、消費税減税の是非や、積極財政か緊縮財政かといった、重要ではあるものの、いわば「目先の論点」を巡る対立に多くのエネルギーが費やされています。

しかし、その先にある「そもそも、どのような国家を目指すのか」という根本的な問い、すなわち国家のグランドデザイン(未来設計図)が国民に示され、議論されることは稀です。これでは、政治への信頼が低下するのも無理はありません。

この問題は、企業経営においても同様です。多くの経営者が、長期的なビジョンを掲げて大胆なリスクを取るよりも、短期的な業績の維持や、かつての成功モデルであった終身雇用・年功序列といった制度の延命に追われているように見えます 。変化の激しい時代にあって、旧来の地図に固執していては、新たな航路を見出すことはできません 。  

歴史の叡智:日本にも「未来を描いたリーダー」たちがいた
しかし、私たちがトップダウンのリーダーシップと無縁だったわけではありません。歴史を紐解けば、国家の危機や転換期において、明確なビジョンを掲げて未来を切り拓いた傑出した先人たちがいます。

近代資本主義の父、渋沢栄一は、単なる利益追求ではなく「道徳経済合一」を唱え、一部の富裕層だけでなく社会全体が豊かになる「合本主義」という壮大なビジョンを掲げました 。彼の思想は、現代のCSRやステークホルダー資本主義を先取りするものでした。  

パナソニック創業者の松下幸之助は、「企業は社会の公器」であるとし、「水道の水のごとく物資を潤沢に供給し、貧困を無くす」という「水道哲学」を掲げました 。それは、経営を通じて社会に貢献するという、極めて高い次元のビジョンでした。  

戦後政治においても、吉田茂は敗戦という国難の中で「軽武装・経済優先」という現実的な国家再建のビジョンを示し、その後の繁栄の礎を築きました 。また、小泉純一郎元首相は「聖域なき構造改革」という鮮烈なスローガンを掲げ、そのトップダウンの手法には賛否両論ありましたが、停滞した空気を打破するためには強力なリーダーシップが必要であることを示しました 。  

彼らの存在は、トップダウンのビジョンが日本の土壌に根付かないものではなく、むしろ時代の大きなうねりを乗り越えるための不可欠な力であったことを教えてくれます。

政治家と専門家への提言:今こそ国民と共に「未来の設計図」を
そこで、日々SNSなどを通じて活発な議論を展開されている政治家、そして経済専門家の皆様に、心からお願いしたいことがあります。

目先の政策論争を超えて、この国が目指すべき未来の姿、すなわち「グランドデザイン」の選択肢を、国民に分かりやすく提示していただけないでしょうか。

例えば、多くの国民が関心を寄せる「消費税」というテーマは、絶好の入り口です。減税か維持かという二元論に留まらず、その議論を「将来、私たちはどのようなレベルの社会保障を望み、その負担をどう分かち合うのか?」「経済成長の果実を、現役世代と将来世代でどう配分するのか?」といった、国家の根幹に関わるマクロな議論へと深めていくことはできないでしょうか。

経済同友会が提唱する「生活者共創社会」のように、国民一人ひとりが当事者として社会作りに参画できるようなビジョンもあります 。あるいは、全く異なる社会モデルもあるかもしれません。どのような未来像があり得るのか、そのメリット・デメリットは何か。複数の具体的な設計図を国民の前に広げ、共に考えるきっかけを作っていただきたいのです。  

結論:羅針盤を手に、希望ある航海へ
日本の強みである現場からの「ボトムアップ」の力は、決して無駄ではありません。しかし、その膨大なエネルギーは、進むべき方向を示す明確な「トップダウン」のビジョンという羅針盤があってこそ、最大限に発揮されます。

羅針盤なき航海に終止符を打ちましょう。

政治家、専門家、そして私たち国民一人ひとりが、それぞれの立場から知恵を出し合い、この国の未来設計図を描くための国民的対話を始める時です。目先の対立を超え、未来への希望を共有する。その先にこそ、日本の新たな航路は拓かれると信じています。

この国の羅針盤を再構築する、建設的な議論の始まりを、心から期待しています。

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