製造業の第一線の管理者・技術者向け手順書シリーズ(PDF電子データ版)
下請取引の適正化が国を挙げて推進される中で、発注側企業の担当者一人ひとりの意識改革が追いついていないケースは依然として多く見られます。コンプライアンス違反は「知らなかった」「昔からの慣習だった」では済まされず、担当者個人の安易な判断が会社全体のリスクに直結します。
ここでは、下請取引を発注する側の企業の担当者が、特に気を付けなければならない項目を、下請法の禁止行為や最近の動向を踏まえて具体的に列挙し、その注意点を解説します。
1. 【発注時】発注内容を曖昧にせず、必ず書面で交付する
項目: 発注内容(品名、数量、単価、納期、支払日等)を明確に定め、必ず書面(下請法第3条書面)で交付すること。
注意点:
「とりあえず口頭で頼んで、後で正式に」は絶対NG。 口頭での曖昧な指示は、後のトラブル(「言った・言わない」、仕様の誤解)の最大の原因です。
発注書には、下請法で定められた12項目の記載事項を漏れなく記載する必要があります。単価や納期が未定のまま発注してはいけません。
電子メールやWebシステムでの発注も可能ですが、下請事業者の承諾を得た上で、法で定められた要件を満たす必要があります。
2. 【価格決定】一方的な価格決定(買いたたき)を絶対に行わない
項目: 下請事業者と十分に協議することなく、一方的に著しく低い価格を定めないこと。
注意点:
コスト上昇の無視は「買いたたき」。 昨今の労務費、原材料費、エネルギーコスト等の上昇について下請事業者から価格転嫁の要請があった場合、協議の場を持たずに価格を据え置くことは、典型的な買いたたきと見なされます。
相見積もりでも注意が必要。 複数の事業者から見積もりを取る場合でも、その内容を十分に検討せず、合理的な理由なく最も安い価格を他の事業者にも強要することは違反となります。
最近の動向: 2025年に閣議決定された下請法改正案では「協議を経ない一方的な代金の決定」が明確に禁止される方向です。価格交渉には真摯に応じる義務があります。
3. 【支払い】支払期日を遵守し、不当な条件を押し付けない
項目: 下請代金は、給付を受領した日(納品日)から起算して60日以内の、できる限り短い期間内に支払うこと。
注意点:
自社の「締め日」は理由にならない。 自社の経理上の都合で支払いが60日を超える場合は、下請法違反です。
長期手形は支払遅延と同じ。 割引が困難な手形や、支払サイトが長い(例:120日サイト)手形で支払うことは、実質的な支払遅延として規制されています。
最近の動向: 政府は手形払いの廃止・現金払への移行を強力に推進しており、将来的には手形払いが原則禁止となる流れです。
4. 【受領・検査】自社の都合で受領を拒否したり、不当に返品したりしない
項目: 発注した物品等の受領を拒否しない。また、下請事業者に責任がないのに返品しない。
注意点:
「在庫が増えたから」「計画が変わったから」という理由は通用しません。 発注側の都合で受領を拒否することはできません。
返品は、下請事業者の明らかなミス(仕様違い、不良品など)があり、かつ事前に定めた客観的で合理的な検査基準に基づいている場合に限られます。
曖昧な理由(「なんとなくイメージと違う」など)での返品や、ロット全体を不良とするような過大な返品は不当返品となります。
5. 【減額】発注後に一方的に代金を減額しない
項目: あらかじめ定めた下請代金を、発注後に減額しないこと。
注意点:
「協賛金」「販売協力金」「歩引き」など、どのような名目であっても、発注後に一方的に代金から差し引くことは原則として禁止されています。
原材料価格が下落した等の理由があっても、双方の合意なく一方的に減額することはできません。
6. 【仕様変更】安易な仕様変更と、無償での「やり直し」要求をしない
項目: 下請事業者に責任がないのに、無償でやり直しや追加作業をさせないこと。
注意点:
仕様変更が必要になった場合は、必ず書面で依頼し、それに伴う追加コストや納期への影響について誠実に協議し、合意する必要があります。
「ついでにこの作業もお願い」「これくらいならサービスでやって」といった無償での追加作業要求は、「不当な経済上の利益提供要求」に該当する可能性があります。
7. 【購入強制】不要な物品やサービスを強制しない
項目: 正当な理由なく、自社の製品、原材料、サービス等を強制的に購入・利用させないこと。
注意点:
「この部品は必ずうちの関連会社から買って」「うちの保険に入って」といった要求は、取引上の地位を利用した不当な行為です。
8. 【経済上の利益】不当な金銭・労力・サービスの提供を求めない
項目: 下請代金の支払いとは別に、協賛金や労働力の提供などを不当に要求しないこと。
注意点:
日常業務に潜む典型例:
・決算対策のための協賛金要請。
・自社イベントへの無償での人員派遣や手伝いの要請。
・契約範囲外のサンプルや試作品の無償製作要求。
・金型の無償での長期保管(保管料を支払わない)。
9. 【知的財産】下請事業者のノウハウや技術を尊重する
項目: 取引を通じて知り得た下請事業者の技術情報やノウハウを不当に利用しないこと。
注意点:
複数の事業者から見積もりを取る際に、A社から得た詳細な図面や技術提案を、より安いB社に渡して製作させるような行為は、優越的地位の濫用や不正競争防止法に抵触する可能性があり、極めて悪質です。
10. 【基本姿勢】「対等なパートナー」として敬意を払う
項目: 下請事業者を「下」に見るのではなく、共に価値を創造する「対等なパートナー」として接すること。
注意点:
「やって当たり前」「言わなくても分かるだろう」という態度は厳禁です。高圧的な言動はコミュニケーションを阻害し、良好な関係を破壊します。
感謝の気持ちを忘れず、日頃から円滑なコミュニケーションを心がけることが、トラブルの未然防止に繋がります。政府が推進する「パートナーシップ構築宣言」の精神を理解し、実践することが求められます。
違反した場合のリスク
これらの項目に違反した場合、担当者個人だけでなく、企業全体が以下のような深刻なリスクを負うことになります。
・法的リスク: 公正取引委員会からの勧告(企業名が公表される)、指導、最大50万円の罰金。
・レピュテーションリスク: 企業名が公表されることによるブランドイメージの失墜、社会的な信用の低下。
・事業リスク: 重要なサプライヤーからの信頼を失い、取引を打ち切られる。結果として、サプライチェーンが脆弱化し、自社の製品の品質低下や供給不安に直結する。
適正な下請取引は、単なる法令遵守という「守り」の側面だけでなく、優れた技術力を持つ下請事業者との信頼関係を築き、自社の競争力を高めるという「攻め」の経営戦略であることを、全ての担当者が強く認識する必要があります。



