世界を支える「見えない巨人」(2):半導体産業を支える日本の素材・製造装置
昨日、TSMCの半導体の第2工場の計画が本格的に動き出したというニュースが流れ
ました。
日本はかつてDRAMの世界シェアを牛耳っていましたが、今は台湾、韓国などにそ
の座を明け渡しています。しかし、九州、北海道に半導体工場が建設され再び、
日本の半導体産業が注目を集めるようになってきました。そこで中小製造業にとっ
てこれからどのようなチャンスが生まれるのか?考察してみたいと思います。
TSMCの熊本における第2工場計画の本格始動は、日本の半導体産業にとって歴史的
な転換点となるでしょう。
かつてDRAMの世界市場を席巻しながらも、その座を台湾や韓国に譲り渡した日本
にとって、今回のTSMCの巨額投資は、九州や北海道での新たな工場建設と相まっ
て、半導体産業の「復活」への期待感を高めています。この大きな潮流は、日本の
ものづくりを支える中小製造業に、計り知れないチャンスをもたらす可能性を秘め
ています。
半導体産業再興の波と中小製造業の新たな役割
日本は、半導体チップそのものの製造では後塵を拝したものの、その製造に不可欠な
「素材」と「製造装置」の分野では、今も世界をリードする圧倒的な技術的優位性を
保持しています。
世界の半導体材料市場の約48%を日本が占め 、フォトレジストでは日本企業5社が
市場シェア92%を寡占 、高純度フッ酸では日本企業3社で80~90%を占有するなど
その技術力とノウハウは他社が容易に模倣できないレベルにあります。
半導体製造装置においても、日本は世界第2位のシェア31%を誇り、東京エレクトロ
ンやアドバンテストといった企業が市場を牽引しています 。
このような日本の「縁の下の力持ち」としての強みが、TSMCの日本進出を呼び込ん
だ大きな要因の一つです。TSMCの熊本第1工場に続き、第2工場ではさらに先端の
回路線幅6ナノメートルなどの半導体を製造する計画であり、総投資額は第1工場と
合わせて約2兆9,600億円に達すると見込まれています 。この大規模な投資は、中小
製造業にとって多岐にわたる新たなビジネスチャンスを創出します。
中小製造業に生まれる具体的なチャンス
サプライチェーンへの直接的な組み込みと技術深耕
TSMCの工場建設は、半導体生産に必要な良質な水が豊富で、広い土地が確保しやす
い九州の特性を活かしたものです 。これらの工場が稼働すれば、半導体製造に必要
な高純度材料、精密部品、特殊な加工技術、製造装置のメンテナンスなど、多岐に
わたるサプライヤーが現地で求められます。
日本の多くの中小製造業は、これまでもスマートフォン向け電子部品の約40%を供給
し 、自動車部品 や医療機器の精密部品 など、最終製品の性能を支える高機能・高精
度な部品製造で世界に貢献してきました。
これらの得意技術を半導体分野に応用することで、新たな需要を直接取り込むチャ
ンスが生まれます。特に、TSMCが製造する先端半導体は、極めて高い品質と精度
を要求するため、日本のきめ細やかさや忍耐強さに裏打ちされた技術力 が高く評価
されるでしょう。
地域連携と「連合軍」による市場開拓
TSMCの進出を機に、九州では関連する設備投資が活気づき、労働市場にも変化が
生じています 。熊本県工業連合会に加入する中小の製造業者らが台湾を訪れ、現地
企業との商談会で半導体関連の話題が中心となるなど、中小企業が連携して新たな
顧客開拓に乗り出す動きが見られます 。
これは、個社だけでは難しい大規模なサプライチェーンへの参入を、中小企業が
「連合軍」として協力し、技術力や生産能力を結集することで実現するチャンス
です。地域に根差した中小企業は、地域の大学や研究機関と連携し、人材育成や
技術開発に取り組むことも可能です 。
政府の強力な支援と投資機会の拡大
日本政府は、TSMCの工場建設に合計で1兆2,000億円程度の補助を行うなど、半導
体産業の強化を国策として強力に推進しています 。この政府の後押しは、中小企業
にとっても大きな追い風となります。経済産業省は、半導体の安定供給確保に向けた
供給確保計画を認定し、材料や製造装置部材を製造する企業に補助金を助成してい
ます 。
また、「ものづくり補助金」の「グローバル展開型」や「成長型中小企業等研究開
発支援事業(Go-Tech事業)」など、中小企業の設備投資や研究開発を支援する既存
の補助金制度も、半導体関連分野での採択確率が高まる可能性があります 。これに
より、中小企業は資金不足という課題を乗り越え、半導体産業への新規参入や事業
拡大を検討しやすくなります 。
中小企業ならではの柔軟性とニッチ戦略の深化
半導体産業は技術革新や市場変化が激しい分野ですが、中小企業は大企業にはない
スピード感や柔軟性を持っています 。この特性を活かし、変化に素早く対応し、革新
的な製品やサービスを提供できる可能性があります。
また、特定のニッチな市場に特化し、そこで圧倒的な技術的優位性を確立する「グロ
ーバルニッチトップ」戦略 は、中小企業が世界市場で競争優位性を築く上で有効な
手段です。半導体製造の特定の工程や、特定の材料に特化した技術を持つ中小企業は
この再編の波の中で独自のマーケットポジションを新規に開拓できるでしょう 。
課題と機会のバランス
もちろん、TSMCのような大企業の進出は、現地での人材獲得競争の激化や人件費の
高騰といった中小企業にとっての懸念材料も生じさせます 。しかし、これは同時に、
中小企業がより魅力的な労働環境を整備し、地域社会との連携を深め、独自の技術力
で差別化を図る好機でもあります。
結論として、TSMCの日本における半導体工場計画は、日本の半導体産業の復活を象徴
するだけでなく、その基盤を支える中小製造業にとって、技術の深耕、新たな市場へ
の参入、そしてグローバルサプライチェーンにおける存在感を高める絶好のチャンス
です。
政府の強力な支援と、中小企業が持つ固有の強みを最大限に活かすことで、日本の
「見えない巨人」たちは、世界のテクノロジーを牽引する「見える巨人」へと変貌を
遂げることができるでしょう。



