トランプ関税と日本車メーカーの針路(第2回):各社の戦略と未来への展望

濱田金男

濱田金男

テーマ:中小製造業の生き残り策

トランプ関税という巨大な嵐の中、日本の自動車メーカーはそれぞれ異なる航路を
選び始めています。第1回では、関税がもたらした深刻な現状と共通の課題を整理
しました。今回は、その課題に対してトヨタ、日産、ホンダ、SUBARUの主要4社
が、具体的にどのような戦略で立ち向かおうとしているのかを比較・分析します。
各社の戦略の違いは、過去の投資の歴史、特に米国での「現地化」の度合いによっ
て鮮明に分かれています 。  

●トヨタ自動車:「動かざること山のごとし」の持久戦
国内最大の巨人トヨタは、その圧倒的な財務力を背景に「ジタバタしない」という
冷静な姿勢を貫いています 。当面は関税コストを自社で吸収し、安易な価格転嫁は
行わない方針です 。これは、短期的な収益悪化(初期コスト1,800億円と試算 )を
許容してでも、米国での販売シェアと顧客を守り抜くという強い意志の表れです。  

同時に、トヨタは「国内生産300万台体制」を揺るがず守ることを公約しています 。
これは、生産の海外移転による国内の空洞化を防ぎ、日本の雇用と広大なサプライヤ
ー網を守るという、ナショナル・チャンピオンとしての責任感を示す政治的なメッセ
ージとも言えます。米国での現地生産比率が約55%と他社より突出して高いわけで
はないトヨタ にとって、これは関税の圧力を受け止めながら耐え忍ぶ、まさに持久
戦の構えです。  

●日産自動車:二重苦に喘ぐ最も脆弱な立場
日産は、今回の関税で最も厳しい立場に置かれています。その理由は、日本からの
輸出だけでなく、生産拠点の中核であるメキシコからの対米輸出にも大きく依存し
ているためです 。これにより、日本からの輸出には25%の関税が、そしてメキシコ
からの輸出にはUSMCA(新NAFTA)の厳格な原産地規則という、二つの壁に挟まれ
る「二重苦」に直面しています 。  

年間最大で4,500億円と試算される関税コストの重圧から、同社は一時、業績見通し
を「未定」とするなど、先行きは極めて不透明です 。具体的な対応として、すでに
日本の九州工場で人気SUV「ローグ」の生産を削減する計画を進めており 、国内生
産の維持を掲げるトヨタとは対照的に、生き残りのために国内拠点の縮小も厭わな
いという苦渋の決断を迫られています。  

●本田技研工業(ホンダ):現地化の優等生、積極策で活路
主要メーカーの中で最も高い約70%の米国現地生産比率を誇るホンダは、この関税
の嵐を乗り切る上で最も有利な立場にいます 。これは、1980年代の貿易摩擦を教訓
に、いち早く「売る場所で造る」という現地化戦略を推し進めてきた長年の努力の
賜物です 。  

ホンダの戦略は明確かつ積極的です。関税を回避するため、これまで日本やカナダ
で生産していたモデルを、米国内の既存工場へ移管する計画を次々と打ち出してい
ます。例えば、人気車種「シビック」のハイブリッド車を日本の工場からインディ
アナ工場へ移すなど、素早い動きを見せています 。しかし、そんなホンダでさえ、
部品関税などの影響で年間最大 4,500億円のコスト増が見込まれており 、この問題
の根深さを物語っています。  

●SUBARU(スバル):ニッチ戦略で俊敏に対応
熱心なファンを持つSUBARUは、米国販売の半分近くを日本からの輸入に頼っており
関税のリスクは非常に高い状況です 。しかし、同社はトヨタのような体力勝負や、
ホンダのような大規模な生産移管とは異なる、身の丈に合った俊敏な戦略をとって
います。  

新工場の建設といった巨額投資は避け、既存のインディアナ工場で残業や休日出勤を
増やすことで生産能力を補い、日本からの輸出を減らす計画です 。また、一部のモ
デルでは、価格への転嫁にも踏み切っており 、ブランドへの顧客の忠誠心に賭ける
戦略です。さらに、EV(電気自動車)開発などで提携するトヨタとの関係を活かし
その生産能力や技術を活用することも、この難局を乗り切るための重要な鍵となり
ます 。  

●結論:関税が加速させる未来への再編
このように、各社の戦略は置かれた状況によって大きく異なります。しかし、この
関税問題は、単なる貿易摩擦にとどまりません。それは、自動車業界が直面する電
動化という巨大な地殻変動を、強制的に加速させる触媒として機能しているのです 。  

関税によって、EVやその心臓部であるバッテリーといった次世代技術の生産拠点を、
米国内に置くことへのインセンティブが強力に働きます 。日本のメーカーは、目先
の関税をどう回避するかだけでなく、未来の自動車産業の主導権をどこで握るのか、
という長期的な戦略の再構築を迫られています。  

1980年代の貿易摩擦が、結果的に日本メーカーの米国での現地生産(トランスプラ
ント)を促し、グローバル化を深化させたように 、今回のトランプ関税もまた、EV
を中心とした新たなグローバル生産体制への再編を促す、歴史の転換点となるのかも
しれません。日本の自動車メーカーの、未来を賭けた航海はまだ始まったばかりです。  

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濱田金男プロは上毛新聞社が厳正なる審査をした登録専門家です

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