国内半導体製造の本格化で、受注加工型中小製造業に新たなチャンスが生まれる
生産性向上を工場全体の最適化、あるいは製品の全工程を通した効率化として理解
するのは難しい側面があります。それは部分最適の改善は目に見えやすい一方で、
全体最適は抽象的で実感が湧きにくいからです。
■生産性向上を「全体最適」で理解してもらうための説明
・導入:身近な例えで問題提起
・「部分最適」の限界
・「全体最適」とは何かの具体的な説明
・「なぜ全体最適が必要なのか」をメリットで示す
・具体的な事例(実例に近いもの)で体感してもらう
1. 導入:身近な例えで問題提起
例1:リレー競走
「皆さん、リレー競走を想像してみてください。一人ひとりがどんなに速く走っても、
バトンパスが下手だとタイムは伸びませんよね?工場も同じで、各工程がどんなに効
率的でも、工程間の連携が悪いと全体の生産性は上がりません。」
例2:料理
「おいしい料理を作るには、材料の品質が良いだけでは不十分です。下ごしらえから
調理、盛り付けまで、それぞれの工程がスムーズにつながって初めて、美味しく、早
く提供できます。工場も、製品が完成するまでの一連の流れとして捉える必要があり
ます。」
2. 「部分最適」の限界
「現状、このような改善をしているけれど、それだけでは頭打ちになる」ということ
を示すと以下の通りです。
「これまでも、各部署で『この作業をこうすればもっと速くなる』『この機械を入れ
れば効率が上がる』といった個別の改善はたくさんやってきました。これは非常に
素晴らしいことです。しかし、ある一部の工程だけを最高に効率化しても、その前後
の工程でボトルネックが生じてしまえば、結局、全体の流れは速くなりません。」
3. 「全体最適」とは何かを具体的に説明
抽象的な言葉だけでなく、より具体的なイメージを持つようにする
「私たちが考える『生産性向上』とは、例えるなら『工場の動脈硬化を解消し、血液
(=製品)の流れをスムーズにする』ことです。特定の血管(=工程)だけを広げて
も、その前後の血管が細いままだと、血流全体は改善しません。
つまり、原材料が入ってきてから、製品としてお客様の手に届くまでの『全工程』を
一つの大きな流れとして捉え、どこに無駄や滞りがあるのかを洗い出し、それらを
解消していくことを指します。」
キーワードで補足:
「スループット」の最大化: 単位時間あたりにどれだけ多くの製品を生み出せるか。
「リードタイム」の短縮: 注文から納品までの時間をいかに短くするか。
「在庫」の削減: 必要以上の仕掛品や完成品を持たないことで、資金的・物理的コス
トを削減。
4. 「なぜ全体最適が必要なのか」をメリットで示す
現場の人にとってのメリットを明確にすることで、協力体制を引き出します。
「なぜ、部分的な効率化ではなく、全体最適が必要なのでしょうか?それは、結果と
して、以下のような大きなメリットが得られるからです。」
コスト削減:
「工程間の手待ち時間や仕掛かり在庫が減り、無駄な保管コストや運搬コストが削減
できます。」
「急な残業が減り、人件費も平準化されます。」
品質向上:
「工程間の滞留が減ることで、不良品の発生リスクが減り、品質が安定します。」
納期短縮:
「製品がスムーズに流れることで、お客様への納品リードタイムが大幅に短縮できます。
これはお客様からの信頼向上、ひいては新規受注にも繋がります。」
従業員の負担軽減とモチベーション向上:
「特定の工程に負担が集中することがなくなり、業務が平準化されます。無理な作業
が減り、残業も削減され、従業員の皆さんの負担が減ります。結果として、より良い
環境で仕事ができ、モチベーション向上にも繋がります。」
変化への対応力向上:
「市場の変化や突発的なトラブルにも、柔軟に対応できる『強い工場』になれます。」
5. 具体的な事例で体感
抽象的な説明だけでは不十分です。具体的な「ビフォーアフター」のイメージを共有し
成功体験を追体験してもらいます。
【事例:情報共有の遅れによる無駄の解消(架空の事例)】
例えば、加工工場と組立工場が別々にあるケースです。
【Before】(部分最適の限界)
問題点: 加工工場は、自分の生産目標を達成するために大量に部品を生産し、組立
工場に送る。組立工場は、必要な時に必要な分だけ部品を欲しがっているが、情報
共有が不足しているため、加工工場が過剰に作りすぎる。
各部門の努力: 加工工場は生産効率を高めようと努力し、単位時間あたりの生産量
は向上。組立工場も組み立て効率を上げる努力はしている。
結果: 加工工場と組立工場の間に大量の仕掛品在庫が発生。部品の保管場所が必要
になり、在庫管理コストも増大。古い部品が残るリスクも。
【After】(全体最適の視点での改善)
改善策: 加工工場と組立工場の間で、生産計画と実績データをリアルタイムで共有
するシステムを導入。組立工場が必要とする部品の数とタイミングを加工工場が正確
に把握できるようにした。
変化として
「プル生産」への移行: 加工工場は、組立工場からの「今、これだけ欲しい」とい
う情報に基づいて生産するようになった(従来の「プッシュ生産」から変更)。
仕掛品在庫の劇的削減: 工程間に無駄な在庫が滞留しなくなり、スペース効率が向上。
部品の鮮度保持: 新しい部品が常に使用されるようになった。
結果として
コスト削減: 在庫保管費、管理費が大幅に削減。
品質向上: 部品の劣化による不良が減少。
キャッシュフロー改善: 必要以上に部品に資金を寝かせることがなくなった。
なぜ成功したか: 加工工場と組立工場という個別の部門の効率だけでなく、「部品が
加工されてから製品として組み上がるまで」という全体の流れを最適化するために、
情報連携というボトルネックを解消したため。
■付加価値の概念と、それがなぜ生産性向上につながるのかを
身近な例と具体的な事例を交えて分かりやすく説明します。
付加価値生産性とは?なぜ重要なのか?
皆さんは「生産性」と聞くと、まず「速く作る」「たくさん作る」というイメージ
を持つかもしれません。もちろんそれは大切です。しかし、私たちが考える「生産
性向上」の最終目標は、「どれだけ多くのお客様に喜んでいただき、その結果とし
て、どれだけ会社にお金を残せるか」という点にあります。そのカギを握るのが
「付加価値」と「付加価値生産性」です。
1. 「付加価値」とは何か?(身近な例えから)
「付加価値」とは、簡単に言うと「何かを加工したり、サービスを提供したりする
ことで、元の状態よりも高まった価値」のことです。お客様が「これならお金を払
ってもいい」と思ってくださる価値、と言い換えることもできます。
例1:パン屋さん
小麦粉、水、イーストといった「材料」は、それだけでは安いですよね。
パン屋さんがこれらを*「こねる」「発酵させる」「焼く」という「労働(作業)」
を加え、さらに「美味しいレシピ」「焼き立ての香り」「笑顔の接客」といった
「工夫(サービス)」を加えることで、美味しい「パン」になります。
お客様は、材料費以上の金額を払ってでも、その「パン」が欲しいと感じます。この
材料費と売値の差額が、パン屋さんが生み出した「付加価値」です。
もしパンが美味しくなければ、お客様は高いお金を払ってくれません。つまり、付加
価値が低いということです。
例2:漁師さん
海で魚を獲るだけでは、ただの魚です。
漁師さんが「獲る」という「労働」だけでなく、「鮮度を保つための適切な処理」
「市場への輸送」「旬の魚を選ぶ目利き」といった「工夫」をすることで、お客様
が「新鮮で美味しい魚が手に入った」と喜んで、お金を払ってくれます。
これも、元の魚の価値に、漁師さんの工夫が加わって生まれた「付加価値」です。
つまり、付加価値とは、「売上高」から「原材料費や外注加工費など、外部から購入
したものにかかった費用」を引いたものと考えることができます。
付加価値=売上高−外部購入費用(原材料費、外注加工費など)
この「付加価値」こそが、皆さんの給料、会社の利益、設備投資など、会社を存続・発展させるための原資となります。
2. 「付加価値生産性」とは?
「付加価値生産性」とは、「どれだけ少ない投入(時間や労力)で、どれだけの
付加価値を生み出せたか」を示す指標です。特に「労働生産性」として使われる
ことが多く、これは「従業員一人あたり、または一人1時間あたり、どれだけの
付加価値を生み出したか」を示します。
労働生産性(付加価値生産性)=付加価値÷労働投入量(従業員数、総労働時間)
この数値が高いほど、「効率的に稼げている」「無駄なく利益を生み出せている」
と言えます。
3. 付加価値を増やすことが、なぜ生産性向上につながるのか?(具体的な事例)
では、どうすれば付加価値が増え、それが生産性向上につながるのでしょうか?大き
く分けて2つの方向性があります。
方向性1:同じ「モノ・サービス」を、より効率的に、工夫して提供する
これは、先ほどのリレーや料理の例えに通じる「全体最適」の考え方です。
事例:製品のリードタイム削減と品質向上による付加価値向上
【Before】
ある部品工場では、受注から出荷までに5日かかっていた。
工程間で手待ちや不良が発生し、製品単価は100円、原材料費は60円。付加価値
は40円/個。
顧客からは「納期が遅い」「たまに不良品がある」という声も。
【After】
全体最適の視点で工程を見直し、情報共有システムを導入。
結果:
リードタイムが3日に短縮! (同じ労力でより早くお客様に届けられるようになった)
不良率が半減! (お客様からのクレームが減り、信頼度UP)
人件費や電力などのコストは変わらないが、時間当たりの生産数が増加。
製品単価は100円のままでも、「短納期」「高品質」という新たな価値をお客様に
提供できるようになり、同じ価格でもお客様の満足度が向上。
結果として、より多くの受注を獲得でき、全体の売上高が増加。原材料費に対する
付加価値額(40円/個)は変わらなくても、「同じ労働投入量で、より多くの付加
価値の総額」を生み出せるようになり、付加価値生産性が向上しました。
もし単価を上げられたら: もし短納期・高品質の評価が高まり、製品単価を110円
に上げられたとしたら、原材料費60円に対して付加価値は50円/個となり、さらに
付加価値生産性は大きく向上します。
なぜ生産性向上につながるか:
お客様が「早く手に入る」「品質が良い」ということに価値を感じ、より多くの
製品を購入してくれるようになります。
これにより、同じ時間と労力で、より多くの製品を販売でき、会社全体で生み出す
付加価値の総額が増えるため、一人あたりの付加価値生産性が向上します。
方向性2:お客様が「もっとお金を払ってもいい」と思うような「価値」を提供する
これは、製品やサービスの「質」や「内容」そのものを高めるアプローチです。
事例:機能追加やブランド力向上による付加価値向上
【Before】
ある家電メーカーが、基本的な機能のみの電子レンジを製造・販売。
製品単価は1万円、原材料費などは5千円。付加価値は5千円/台。
市場競争が激しく、利益率は低い。
【After】
顧客のニーズを徹底的に分析し、「自動調理機能」「IoT連携機能」「デザイン性」
を付加した高機能モデルを開発。
結果:
原材料費は5千円から7千円に上がったが、製品単価は2万円で販売可能に!
一台あたりの付加価値は、2万円 - 7千円 = 1万3千円に大きく増加!
開発には初期投資と労力がかかったが、一台あたりの付加価値が大きく増えたため、
同じ従業員数でより大きな付加価値の総額を生み出せるようになり、付加価値生産
性が向上しました。
なぜ生産性向上につながるか:
お客様が「この機能なら」「このデザインなら」と、より高い価格を支払ってくれ
るようになります。
同じ労働力で、より多くの利益を生み出すことができるため、一人あたりの付加
価値生産性が向上します。
まとめ:付加価値生産性向上の重要性
「速く作る」「たくさん作る」といった「量」の効率化だけでなく、「お客様が
本当に価値を感じてくれるものは何か?」を深く考え、それを提供することで、同じ
労力でもより大きな利益を生み出す。これが「付加価値生産性」を高めるということ
です。
これにより、会社はより強固な経営基盤を築き、皆さんの賃金や会社の将来への投資
に繋がります。皆さんが日々の業務の中で、「どうすればお客様にもっと喜んでもら
えるか?」「どうすればこの製品・サービスにもっと価値を加えられるか?」という
視点を持つことが、まさに付加価値生産性向上への第一歩なのです。



