IoT導入は、中小製造業にとって新たなビジネスチャンスを生み出すための有効な手段
「世界の工場」として世界経済を牽引してきた中国。しかし今、その製造業の現場では
私たちが抱くイメージとは異なる深刻な構造変化が静かに進行しています。
華々しいハイテク産業の躍進の裏側で、特に地方の中小製造業は、これまで経験した
ことのない複数の課題に直面し、存亡の危機に立たされているのです。
本記事では、中国経済を代表する3つの都市、イノベーションの都・深圳、経済の中心
・上海、そして歴史ある工業地帯・大連に焦点を当てます。現地のローカル中小企業が
抱えるリアルな問題を深掘りし、そこで見えてきた課題が、これからの中国ビジネスに
臨む日本企業にとって何を意味するのか、そのヒントを探ります。
■ 3都市に共通する「静かなる危機」:中小製造業を蝕む3つの病巣
都市ごとの個別の問題に入る前に、まず多くのローカル企業が共通して直面している、
根深く、そして相互に関連し合う3つの大きな課題を見ていきましょう。
<若者の「製造業離れ」という人材危機>
若者の失業率の高さが社会問題となる一方で、製造業の現場では深刻な人手不足が叫ば
れています 。この矛盾こそが問題の根深さを物語っています。
「00後(2000年代生まれ)」と呼ばれる新しい世代は、工場の厳しく単調な労働を敬
遠し、より自由な働き方ができるフードデリバリーなどのギグエコノミーに流れています。
低賃金やキャリアパスの不透明さも、若者が工場を去る大きな理由です。これは単なる
人手不足ではなく、将来の産業高度化を担うべき技術労働者層が育たないという、中国
の未来を揺るがす「スキルギャップ」の問題なのです 。
<受注が蒸発する「需要消滅」の恐怖>
国内外からの需要縮小という「二重苦」が中小企業を襲っています。国内では、長期化
する不動産不況が消費者心理を冷え込ませ、家電や建材などの需要を直撃。国外では、
米中対立の激化や「デリスキング」の流れを受け、これまで頼みの綱だった欧米から
の受注が減少しています 。まさに、内需と外需の挟み撃ちにあっている状況です。
<利益なき消耗戦の果ての「倒産急増」>
需要が縮小する中で、生き残りをかけた企業間の価格競争は熾烈を極め、デフレ圧力が
企業収益を圧迫しています。長年の債務主導の経営が足かせとなり、多くの企業が資金
繰りに窮し、倒産件数は過去最多のペースで増加しています 。深刻なのは、倒産に伴
う賃金未払いが急増し、労働者の抗議行動といった社会不安を引き起こしている点です。
これら3つの問題は、互いに影響し合い、抜け出すことの困難な負のスパイラルを形成
しています。
■ 三者三様の苦悩:深圳・上海・大連のローカル企業が直面する現実
中国全土で共通の課題を抱えつつも、都市ごとにその様相は大きく異なります。それぞ
れの都市のローカル中小企業が直面する、特有の苦悩を見ていきましょう。
<深圳:イノベーションの光と影>
ハイテク産業の集積地として世界に名を馳せる深圳 。しかしその裏では、凄まじい
「過当競争」が繰り広げられています。無数のスタートアップが生まれ、投資を求め
て鎬を削っていますが、資金調達に成功するのは一握りです 。また、グローバルな
サプライチェーンへの依存度が高いため、半導体不足のような部品供給の混乱が即、
生産停止に繋がる脆弱性を抱えています 。
EVの巨人BYDのような垂直統合モデルで成功する企業がいる一方で、多くの名もなき
ハードウェア・スタートアップは常に存続の危機と隣り合わせなのです 。
<上海:ハイテク化の代償>
上海は、半導体やAIといったハイテク産業への大胆なシフトを進めています 。しかし
その影で、これまで上海経済を支えてきた伝統的な製造業は、高騰する人件費や土地
コスト、そして政策の転換によって衰退を余儀なくされています 。
結果として、製造業全体の就業者数は減少傾向にあり 、2022年のロックダウンが残
したサプライチェーンへの傷跡も未だ癒えていません 。ハイテク分野のスタートア
ップと、苦境にあえぐ伝統的な部品メーカーとの二極化が、上海の現実です。
<大連:取り残される伝統工業地帯>
かつて日系企業の集積地として栄えた重工業都市・大連は、今、時代の変化の波に取り
残されようとしています。新規投資はよりダイナミックな蘇州などに流れ 、深圳のよ
うなハイテク部品を現地調達できるサプライチェーン網もありません 。
豊富な日本語人材というかつての強みも、その価値を相対的に低下させています。明確
な次世代産業を打ち出せないまま、経済の停滞と人材流出という厳しい現実に直面して
いるのです 。
■ 日本企業はどう向き合うべきか? 5つの戦略的視点
このような複雑で変化の激しい中国市場に、日本企業はどう向き合えばよいのでしょうか。
5つの戦略的視点を提案します。
<「中国」を一枚岩と見ない(戦略の細分化)>
もはや「中国市場」と一括りにする戦略は通用しません。「中国の消費者に売るため
(In China, for China)」の戦略と、「輸出拠点として活用するため(In China, for
the world)」の戦略は、リスクも機会も全く異なります。自社の目的を明確にし、
地域や産業セクターごとにアプローチを細分化することが不可欠です。
<サプライチェーンの多角化(「チャイナ・プラスワン」の必須化)>
地政学的リスクやコスト上昇を考えれば、生産拠点を中国一国に集中させることの危険
性は明らかです。関税を回避し、安定した供給網を確保するために、ベトナムやメキシ
コなどへ生産拠点を分散させる「チャイナ・プラスワン」は、もはや選択肢ではなく必
須の経営課題です 。
<協業か、競争か、回避か(立ち位置の明確化)>
特にハイテク分野において、中国企業はもはや単なる顧客やパートナー候補ではありま
せん。手ごわい「競争相手」です。EVのサプライチェーンに部品を供給するように彼ら
と「協業」するのか、特定のニッチ技術で「競争」するのか、あるいは直接対決を「回
避」するのか。自社の技術力や立ち位置を冷静に分析し、明確な戦略を持つことが求め
られます。
<パートナー選定の厳格化(デューデリジェンスの深化)>
企業の倒産リスクや債務問題が深刻化する中、現地のパートナーやサプライヤーの経営
状況をこれまで以上に厳しく精査する必要があります 。特に、政府の支援も受けられず
規模の経済も働きにくい「中間層」の企業の淘汰が進む可能性があります。
取引先の財務健全性、特に負債の状況やキャッシュフローを注意深く見極めることが、
不測の事態を避けるための鍵となります。
<「非価格競争力」の徹底強化>
現地のローカル企業と価格で勝負することは、多くの場合、消耗戦にしかなりません。
日本企業が活路を見出すべきは、品質、信頼性、きめ細やかなアフターサービス、そし
て模倣が困難な先端技術といった、伝統的な「非価格競争力」です。なぜ自社の製品
・サービスが高い価値を持つのかを明確に示し、価格プレミアムを正当化できる付加
価値を提供することに全力を注ぐべきです。
おわりに
中国の製造業は、今、大きな構造転換の渦中にあります。それは多くの苦悩や課題を
伴うものですが、変化の中には必ず新たなビジネスチャンスが生まれます。表面的な
ニュースや過去の成功体験に囚われることなく、現地のローカル企業が直面するリアル
な課題を直視し、自社の強みを活かした柔軟かつ戦略的なアプローチを取ること。
それが、これからの中国ビジネスを成功に導くための、最も重要な鍵となるでしょう。



