ここぞという時に力を発揮するお子さんとのかかわり方
産業カウンセラーという仕事柄、会社の会議に同席することがあります。
そうすると、外資と日本企業の違いがよくわかる。
外資は活発に揉める・・・。
とはいえ、全てが即決で決まっていく。
日本企業は揉めない・・・。
静が過ぎるほどに、起きているのに人が微動だにしない。
そして、内容は次回にほとんどが持ち越す。
どっちが健全なのでしょうか。
日本企業であればあるほど…。
・誰も反論しない
・誰もツッコまない
・誰も「それ違くない?」と言わない
・無言=承認の流れ
もう、拍手したいくらいスムーズ。
議事録も完璧。
時間通り終了。
……とはいえ。
それ、ほんとに「良い会議」なんでしょうか?
「揉めない=健全」とは誰が決めたんだろう
会議で意見が出ないと、
うちの社員は物分かりが良いな
まとまってるな
職場の中は空気がいいな
って、思いたくなるし、純粋にそう思っている管理職も見られる。
中には自慢げに誇らしそうに話している方すら見かけることも・・・。
わかる。
取りまとめをしている側としては、できれば揉めたくない。
同じ意見に賛同してもらえると「よし!正しい」という確信と自信にもつながる。
でもね。
本音が出ない会議は、優秀なんじゃない。
諦めが完成している可能性だってあるのをご存じだろうか。
それが地味に怖い。
人は、無駄なことはしない生き物です。
じわじわ悟ってゆく菩薩化現象
「言っても変わらない」と思った瞬間、
発言コストを削減する。
合理的すぎる。
日本組織の典型的なことは発言後が修行。
何をするにしても、とにかく疲れる。
何故なら、発言した途端、“責任者候補”に昇格するから。
そして動くのも自分。
給料も作業内容もそのままで、“責任とやること”だけが無限に増殖する。
そのうえ、
・言ったのにスルーされた
・前に否定された
・空気が凍った
これが数回あれば、学習は完了。
静かにしていよう。
無関心を装おう。
こうして起きるのが、
菩薩化現象。
期待をしても無駄と悟り、色々なモノを手放しているだけ。
壊れる時は音がしない
退職願いは突然にやってくる。
事前予告など一切ないように感じるもの。
ですが、実際は違います。
これまで数千人単位で行動分析をしていたらわかること。
・微笑み中心、声を出して笑わなくなる
・嫌だなぁと思った内容では目が合わなくなる
・何気ない当たり障りのない雑談ばかりが増える
・仕事への“熱”が消える
とはいえ、自分が職場の中で主軸として役割を担っていると見逃すサイン。
本当に、ちょっとした変化ですもの。
ですが、本人のこころは凍てつく吹雪が吹き荒れる
組織目標が優先。
自分の売上が優先。
問いあわせ案件が優先。
生活含めて目の前が優先。
そしてある日、
「一身上の都合により」
という、世界一便利な日本語を置いていく。
この“都合”は、
業界ごとに、企業ごとに、だいたいパターン化している。
今回は、長くなるので割愛するんですが高割合で同じ。
でも中にいると気づかない。
私たちの業界はこんなものだ。
これが一番危ない。
「問題ないです」は、魔法の言葉
上司「最近どう?」
部下「問題ないです」
このやり取り、日本のどこかで今も発生している。
とはいえ、
“問題ない”は、
“問題を説明する体力がない”の可能性もある。
静か=安心ではない。
穏やか=健康ではない。
どうしたらいいのか
疑問は対策の仕方では?
そういった時に職場内で無理に本音を引きずり出すのは違う。
建前しか表に出ない組織体制は日本特有。
「本音言っていいよ」は、
本音が言えない人には拷問ワード。
必要なのは、読み解く力。
空気を、感覚で判断しない。
沈黙を、性格の問題にしない。
心身の反応と、組織の仕組みを並べて見る。
すると、怒る必要も、責める必要もなくなる。
理由が見えるから。
中には、
「辞めた社員のことが、まだ引っかかっている」
という管理職や経営者もいることだってある。
それは罪悪感というより、心の“未回収のサイン”。
もっと早く気づけたのではないか、という感覚。
もし今、
・会議が妙に静か
・優秀な人ほど口数が減っている
・「問題ない」が増えている
これ、2つ以上当てはまるなら。
今はまだ、間に合うタイミング。
とはいえ、放置は危ない。
静かさは、雰囲気ではなく構造で生まれる。
構造がわかれば、打ち手は見える。
だから、私はいつも“静かすぎる組織”は信用していません。
σ( ̄∇ ̄; )




