失って初めてわかる大切なものとその価値
目次
静かな違和感に、気づく場はあるだろうか
産業カウンセリングの場には、「言葉にするにはまだ早い」感情が漂っていることがあります。
「何でもないです」と言いながら、少しだけ声がか細くなる。
「大丈夫です」と返しながら、目線が遠くに向く。
はっきりと言葉になってはいないけれど、
その人の状態や思いが、気配のように存在しているのを感じる瞬間があります。
ことばの手前にある揺らぎを、そのまま見つめられる場であるには——
そんな思いから、このテーマを綴ってみました。
1.「何となく」の奥にあるもの
「うまく説明できないんですが…」
そう切り出される声には、はっきりした理由がなくても、確かな感覚が宿っています。
集中できない日が続く
眠れてはいるが、疲れが抜けない
何気ないひと言に、過敏に反応してしまう
これらは、体調や人間関係の変化だけでなく、気づかれなかった心の疲れから来ていることもあるのです。
産業カウンセリングの対話では、そうした “説明できないしんどさ” に意識を向けます。
そして、ゆっくりと “説明できないしんどさ” の縛りを解いていく時間が求められます。
2. ことばにしづらいとき、行動が語り始める
口にできない感情は、表情や呼吸、動きに表れてくることがあります。
いつもより言葉が少なくなる
曖昧な笑顔でやりとりが終わる
会話の中で“気づかれない努力”がにじむ
そうした変化は、“誰かに伝えたいけど、まだ伝え方が見つからない ” サインが行動に現れます。
産業カウンセラーは、話された言葉だけでなく、話されなかったことにも耳を澄ませることが求められるもの。
そのことで、その人らしい表現にたどり着ける場所を整えていきます。
3. 気配に気づく関係が、安心の土台になる
ことばにならない感覚に寄り添うとき、
大切なのは“聞く姿勢”というより、“受け取れる距離”が大事です。
状態を訊ねるより、「無理せずいられているか」に目を配る
説明を求めるより、「整う時間がありますか」と余白を持つ
わかろうとするより、「わかろうとし続ける姿勢」に意味がある
それは、支えるというより、
一緒に居合わせ、本人が気が付いていない心模様を翻訳するという感覚
が一番近いかもれません。
産業カウンセリングの場だけでなく、職場の日常にも、そんな安心の土台が育っていくといいなと願います。
まとめ:ことばになる前の感覚に、日常は支えられている
言葉では説明しづらい感情。
まだ整理されていない気持ち。
沈黙の奥にある不安や気遣い。
そうした“表現の手前”にこそ、働く人の大切な声が宿っている気がします。
すぐに言えることばを持たないとしても、
“話したくなったときに安心して話せる場”があるだけで、
その人の仕事や人間関係はずいぶん変わってくるのではないでしょうか。
言葉にならないものを受け止めるというケア。
それは、支援する側だけでなく、誰もが日々の中で育てられる関係性ではないでしょうか。
次回のお話は…
Vol.8|伝えたつもり、聞いたつもり——ことばの届き方に潜むすれ違いへ
「ちゃんと伝えたのに、なんだか違って届いていた」
そんな場面の中にある微妙な温度差と、言葉の“届き方”の奥行きを探ります。




