思考は現実化する
【組織はなぜ自律性を失うのか? 組織ライフサイクルの観点で俯瞰する】
組織の健全性を保つということは絶え間ない自己点検とフィードバックの繰り返しになります。これは室内環境のコントロールのようなものです。外気や室内で活動をする人が刻一刻と変化をする状況に対し「換気・冷暖房・風量コントロール・採光」など様々なファクターのコントロールが必要です。空調であればエアコンが調整してくれるかもしれませんが、組織はそうはいきません。複雑で思い通りにならない組織に対して、「こうすれば良い」という単純な成功法則は存在しません。どのような制御を働かせれば良いのか、原理原則を知り、具体的な方法論を磨くことが必要になります。
最初に組織ライフサイクルの概念を共有したいと思います。人に幼少期、思春期、壮年期など年代に応じた考え方や特徴が現れるように、組織の成長過程において発生する課題にもパターンがあります。このライフサイクルの中で自律性を失うパターンにどのようなものがあるか、まず見てみましょう。
組織は営利企業であろうと、非営利団体であろうと、誰かが何かの目的を持って活動をスタートさせます。創業者の思いに共鳴し、賛同者が加わり組織は大きくなっていきます。生まれたての組織では、提供サービスも定まらず試行錯誤が繰り返されます。少人数の社員は「誰もが何でもするスタイル」で、社会と社員との距離は近く、柔軟に変化をすることができます。意思決定のスピードは早く、リーダーが独断で舵を切るようなマネジメントスタイルも有効です。この段階から組織アイデンティティを明確にし、組織文化を育んでいくことが重要です。IPO前に組織作りを怠った企業の相談を受けることがありますが、組織が大きくなってからの修正には大変な労力がかかります。社員の人間性を高め、チームワークの良い集団を形成しない限り、継続的な成功はあり得ません。起業をするからには、そういう覚悟を持って取り組んでほしいと思います。(企業黎明期)
そうやって試行錯誤を繰り返す中で、しっかりと口コミやリピートオーダーを獲得できるサービスが確立できると、拡大が可能となります。ヒトモノカネの投入を計画的に行い、市場機会をしっかりと取り込むことができれば急拡大します。社員が50名を超えれば、仕組みや標準化が必要となり、分業が進みますが、会社がどんどん成長しているので、社員のモチベーションは高く、必要なアクションがどんどん実行されていきます。この段階での落とし穴は、人が足りないが故に社風に合わない人物を採用したり、組織の大切さが分かっていない番頭に執行を任せることにあります。小さな成功で満足せず、経営者が信念を持って妥協をせずに組織の土台を作っていくべき時期です。(成長期)
やがて市場にサービスが満たされていくと、成長スピードは弱まり、規模の拡大だけでなく収益性のコントロールなど精緻なオペレーションが必要となってきます。成功した事業の中でサービスバリエーションを増やしたり、第二の事業を起こすことにも取り組むと、マネジメント力を高めないと成り立ちません。外部から優秀な人物を招聘するなど、多様性が高まっていきます。管理部門の重要性が高まり、これまで自由に仕事をしていた現業部門との対立も起き始めます。現業部門はアクセルで管理部門がブレーキだとすると、それぞれの役割を尊重し、健全なぶつかり合いが必要になりますが、ややもするとブレーキ重視に舵が切られてしまいます。現業部門は思い通りに成果を上げられるとは限らず、管理部門がブレーキを効かせすぎる状況です。管理体制に息苦しさを感じてクリエイティブな人物が離脱すると、新製品比率が落ち、官僚化が進みます。人事評価・報酬システムを構築する際に、「勇気ある挑戦」「仲間への協力や支援」を評価できるようにするなど一貫した思想で組織作りを進めていくことが大切になってきます。(転換過渡期)
高度なオペレーションのコントロールにも成功すると、さらなる効率化に向けてシステムはブラッシュアップされていきます。メンバーの数が増え、職種も多くなると、公正な人事評価をするだけでも多大な労力を要するようになります。他にも内部監査、稟議システムなど巨大な組織を維持するための仕組みが構築されます。その運用にエネルギーを割き、創造的な活動に時間を割けなくなると、若い人は育たなくなっていきます。プロフィット部門で生み出した利益を新規事業開発部門に循環させるエコシステムが必要になりますが、安定的なオペレーションを回すプロフィット部門の声が大きくなり、イノベーションの芽を摘みがちです。リスクを冒さない人が昇進をし、中核を占めるようになると硬直化から抜け出すことは難しくなります。自律性を取り戻すには、大きな組織の中から志も力量もある人物を発掘し、それらの人物の力を繋ぎ合わせ、変革活動を推進していくことが必要となります。(成熟期)
最終的には、社会環境の変化により需要が消失したり、競合のイノベーションにより自社サービスが陳腐化すると、衰退の道を辿ります。場合によっては急速に市場を失いますが、緩やかに市場が縮小していくジリ貧のケースもあります。キャッシュがあるうちに新たな事業の芽を育てられていないと、収益は上がらなくなり、資産を切り崩して延命を図る状況となり、社内のマインドは減退し、優秀な人材も獲得できなくなってしまいます。(収縮加齢期)
このように企業の成長ステージによって自律型組織に誘導するポイントは異なってきます。企業黎明期の企業において社員に権限を委譲し、フラットな組織を形成することは比較的容易であり、むしろそうでないと不健全でしょう。これから組織作りを始める企業黎明期から成長期の企業においては、独創的な仕組みを導入している事例は数多くあり、中には「全員副業をする」「自分の年棒を自分で決める」などのルールを用いて成功している企業もあります。これが成立するのは中核となる人物の思想や社風に合ったメンバーを集められたことによるものですが、参入している業界や経営者の気質によっても目指すべき自律型組織の姿は異なります。
転換過渡期や成熟期で組織が硬直化してしまった企業では、既存のルールや歴史、組織メンバーの気質や能力も考えながら、適切な転換をデザインしていくことが必要になります。「状況に合わせてマネジメントの仕方は変わる」ということは原則の一つであり、その企業のおかれた状況に合わせて適切な解を見出していくことがマネジャーには求められます。筆者は基本的に「二宮尊徳型」での改革を推進します。「その会社の中にある資源を活かし、自分たちの足で歩む」ことこそが、最終勝利への近道になるからです。尊徳翁が報徳思想を示し、拠り所にしたのと同じように、自律型経営にも必要な考え方や指針があり、本シリーズでは「原理原則となる考え方」を3つ、「方法論」を7つ紹介したいと思います。自らの組織に当てはめて考え、変革の道を模索していただければと思います。