社外人事総務部長の視点から見る、会社の成長の秘訣
坂本工業の従業員の通勤手段は、公共交通機関、マイカー、自転車と様々である。
ある従業員から父親の介護のため、公共交通機関(電車)の最寄り駅までマイカーで通勤したいとの申出があった。そこでどのように対応すべきか社労士に相談することとした。
以下、会話形式でお伝えします。
【黒田部長(お客様)】
従業員の1名から、会社からの帰宅途中に両親の家に立ち寄りたいという申出がありました。
【桐生(社労士)】
ご両親がどうかされたのですか。
【黒田部長(お客様)】
はい、理由を確認してみると父親が、介護を必要とする状況になっているようです。母親が主となり父親の介護をするとのことですが、母親に負荷がかかることを心配しており、両親の顔を見るとともに、自分も多少なりとも介護を手伝いたいという希望があるようです。
【桐生(社労士)】
なるほど。介護休業等の制度を利用するほどの必要はないけれども、父親の介護をしたいということですね。
【黒田部長(お客様)】
そのようです。彼は自宅から電車の最寄り駅まで歩き、そこから電車で通勤していますが、今後、両親の家に立ち寄るために、自宅から最寄り駅までマイカーを使いたいとのことです。
ご両親が住んでいるところは、従業員の自宅からさほど遠くないようですが、歩いて行くことはできず、また、一旦自宅に戻ってからご両親の家に向かうと時間のロスになるため、帰宅途中に寄りたいという思いがあるようです。
【桐生(社労士)】
なるほど。朝、自宅から最寄り駅まで車で通勤し、夜、最寄り駅からご両親の家に寄ってから帰るということですね。
【黒田部長(お客様)】
そうですね。日用品の買出し等もあるので、マイカーがあると便利とも言っていました。ただ、そうなると、通勤手当はどのように計算すべきか、もし、事故が発生したときに通勤災害となるのかといった心配があります。
【桐生(社労士)】
それではポイントを整理して、確認しましょう。まず、通勤手当ですが、御社の賃金規程では、「公共交通機関を利用して通勤するときには、月額50,000円の範囲内において、自宅から就業場所への通勤に要する実費に相当する額を支給する」と規定しています。また、マイカーについては「自家用車通勤を利用して通勤するときには、自宅から就業場所または自宅から公共交通機関の最寄り駅までの直線の距離数(以下、「自宅等からの距離数」という)に応じて通勤手当を支給する。なお、自宅等からの距離数が直線で2kmの未満のときは支給しない」と規定しています。
【黒田部長(お客様)】
従業員の自宅から最寄り駅は歩いて10分程度とのことなので、電車での通勤に対する手当は支給するものの、マイカーでの通勤に対するものは支給の対象外となっていますね。今回、両親と同居するわけではないので、自宅は変わらず、マイカーを使ったとしても通勤手当は変わらない判断することになりますか?
【桐生(社労士)】
そうですね。ガソリン代に加え、駅近くの駐車場を借りるとなると従業員の方は負担が増えますが、現在の規定から判断するとそうなりますね。
【黒田部長(お客様)】
その負担のいくらかでも会社が払ってあげたいとも思うのですが、最近は自宅から離れた保育園に子どもを送ってから通勤するという従業員もいるので、この従業員のみを特別扱いするわけにはいかないですね。
【桐生(社労士)】
確かにこの従業員だけというのはバランスに欠けることになります。従業員のプライベートな事情は様々ですので、見直しは慎重に行う必要がありますね。それでは次に通勤災害について整理をしましょう。
【黒田部長(お客様)】
お願いします。
【桐生(社労士)】
通勤災害は通勤中の事故によるケガや病気等に対し、治療費等が支給される制度です。細かなことは色々あるのですが、それを省いてお伝えすると、この通勤とは合理的な経路および方法での通勤のことを指します。会社に届け出た通勤方法以外で通勤したときに事故が発生したときには、通勤災害と認められないのではないかという話を耳にすることがありますが、その経路および方法が合理的であれば、通勤災害として認められます。
【黒田部長(お客様)】
当社でも通常は自転車で通勤しているものの、雨が降ったときにはバスを利用するという従業員がいます。このようなケースを指すのですね。
【桐生(社労士)】
はい、その通りです。ただし、合理的な経路であっても途中で寄り道をしたときには、寄り道以降は通勤と認められなくなります。例えば終業後に居酒屋に飲みに行くような場合ですね。会社近くの居酒屋に寄るために通勤経路から外れたときは「逸脱」として外れた時点以降、通勤災害の対象にはなりません。また、通勤経路の途中の居酒屋に寄ったとしても「中断」となり、同じく寄り道をした以降、通勤災害の対象にはなりません。
【黒田部長(お客様)】
となると、今回の従業員もご両親の家に寄るために最寄り駅から向かった時点で通勤災害の対象ではなくなるということですね。
【桐生(社労士)】
はい、基本的な考えた方はその通りとなります。ただし、中断と逸脱には例外が設けられており、日常生活上必要な行為のために、合理的な通勤経路を逸脱・中断した場合は、合理的な経路に戻った後は通勤災害の対象となります。この日常生活上必要な行為とは、以下の5つがあります。
1.日用品の購入や、これに準ずる行為
2.職業訓練や学校教育、その他これらに準ずる教育訓練であって職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
3.選挙権の行使や、これに準ずる行為
4.病院や診療所において、診察または治療を受ける行為や、これに準ずる行為
5.要介護状態にある配偶者、子、父母、配偶者の父母並びに同居し、かつ、扶養している孫、祖父母および兄弟姉妹の介護(継続的に、または反復して行われるものに限る)
【黒田部長(お客様)】
なるほど。今回の場合には、5に該当することになりそうですね。
【桐生(社労士)】
そうですね。ご両親の家に寄るために最寄り駅から向かったところで逸脱となり、逸脱の間に発生した事故は通勤災害の対象にはなりませんが、元の通勤経路に戻った以降は対象になると考えられます。なお、自宅から最寄り駅まで近いとのことでしたので、この部分についてマイカーで通勤する必要性があるのかといった疑義が生じます。これは労働基準監督署が個別に判断する事案になるので、ここですぐには判断できません。
【黒田部長(お客様)】
それも含めて、この従業員に伝えることにします。
通勤中に事故が発生したときのことも考えると、今回のように会社の通勤手当の支給と異なる経路を利用している人の把握はしておいたほうがよさそうですね。
【桐生(社労士)】
そうですね。必須ではありませんが、通勤手当の支給を確認するための経路と、実際に通勤する経路とを分けて届け出てもらうことは、良いことだと思います。
【黒田部長(お客様)】
こちらの方も一度、考えてみることにします。ありがとうございました。
【ワンポイントアドバイス】
遠方の出張先に、自宅から直接出向くことがありますがあります。このような出張では出張先へ向かって自宅を出たときから帰り着くまでの全行程で発生した事故について、原則として業務と判断され、通勤災害ではなく業務災害として扱われます。ただし、出張中に私用で寄り道をしたようなときには、そもそも労災保険の対象となりません。
■参考リンク
厚生労働省「労災保険給付の概要」
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040325-12.html
厚生労働省「労災保険の通勤災害保護制度が変わりました」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000147162.pdf
※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。