決してあきらめずに
例年この8月6日は、言問学舎ホームページの塾長ブログを転載させていただいております。常体のままで失礼します。
8月6日、今年もまたこの日を迎えた。5年前から、この8月6日は平日でも夏期講習のコマを作らず、午後からのみの授業にして、8時から始まる平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)のテレビ中継を必ず視聴し、8時15分には黙禱をするようにしている。今年もその通り、8時前からテレビをつけて、黙禱の時を待った。この1年間で新たに原爆死没者名簿に書き加えられた方の数は4,393人、これまでの総数は353,639人になったという。
今年はとりわけ、ものごとや言葉と向き合い、感じとる力の大切さということへの思いを深くした。
言問学舎をはじめた2003年以降、この8月6日の広島の総理大臣あいさつで、本心からしっかり広島、長崎の原爆と被爆者の方々に向き合い、自分の言葉で語りかけたのは(そのような内容を心からの言葉で発したと感じられたのは)、2010年の菅直人首相、2025年の石破茂首相の2人だけである(2000年代は新聞記事で読んだ機会を含む。また被爆者援護、黒い雨降雨地域についての表明は別である)。
広島市長は、当初は秋葉忠利市長であり、現在の松井一實市長になって、今年で15年だという。長崎市長は、凶弾に斃れた伊藤一長市長、16年務められた田上富久市長、そして現在の鈴木支朗市長と続く。この市長たちの「平和宣言」(長崎が本島等市長だった頃からずっと新聞記事では読んでいた)の真摯さ、重さには、先の2人の首相の言葉とて、遠く及ばないものがあり、私も深く勉強したものである。
また今年は言問学舎内で、2人の小学4年生が『つるにのって』(アニメ版・ミホ・シボ原案/金の星社)を読んで、読書感想文を書いている。2人とも半ばを過ぎ、当人たちが深くは思い及ばなかった佐々木禎子さんの死の原因と、そのことについて感じることを、考えてもらうところへさしかかっている。幼い、と言っていい年齢の子たちだが、手がかりを少しさし出して考えさせると、それまで考えなずんでいた子も一生懸命考えて、その子から真剣な言葉が生まれて来る。
こうした感性、感受性は、持って生まれたものでもあるし、小学生、中学生前半までの多感であり思考も柔らかなものである時期に、それを育むできごとや言葉との出会いを持つか否かによるところも大きいだろう。国語の果たす役割が、非常に大きいことを思う。そして、1人、2人ずつにその機会を提供するささやかな営みではあっても、たゆまずにそれをつづけることこそが、子どもたちの未来を守るために私にできるただ一つの道だ。そのことを、今日のこども代表の「平和への誓い」を聞きながら、改めて確認した次第である。
※画像は昨年生徒と2人で折った折り鶴を広島市にお送りし、原爆の子の像に捧げていただいたものです
令和8(2026)年8月6日
小田原漂情


