2024年7月22日の東海道新幹線運休に関連して

小田原漂情

小田原漂情

テーマ:小田原漂情

 鉄道に関して気づいたこと、考えたことを書き留めておくと、いつか鉄道関連の本で使うことがあるかも知れません。その思いが今回ますます強くなりましたので、当ブログにて書かせていただきます。

 令和6(2024)年7月22日、東海道新幹線は、三河安城駅付近での保守車輌同士の衝突事故の影響で夜まで運転見合わせになりましたが、事故車輌を片づけて安全確認が済んだあと、新大阪方面への回送列車に、駅で待っていた乗客を乗せて運んだそうです。当日運休・混乱に巻き込まれた方たちからは厳しい声も上がっていたようですが、回送列車で乗客を運んだこと自体は良い措置だと思います。同時に、昔国鉄でこんなことがあったのを思い出しました。

 昭和57(1982)年の夏、台風10号が中部地方を直撃した時のことです。中央本線も西線、東線とも各地で運転見合わせになり、私も信濃境の大学の学寮から帰るのに、小渕沢まで寮(町?)が手配してくれた車、小渕沢から甲府までは国鉄の代替バスでたどり着きました。甲府からはだいぶ待たされて普通列車が出ましたが、大月まで来てまたしばらく、見通しの立たない運転見合わせになったのです。


中央東線旧線
                              中央本線 辰野‐信濃川島間

 暇な大学生ですからそれほど困りはせず、仲間数人と駅前の喫茶店に入って時間をつぶすことにしました。最初は電車の運転再開を待って駅の様子をうかがっていましたが、待てど暮らせど発車の知らせはありません。私は退屈して、ちょうど喫茶店の座席の近くにあった「雀ピューター」をはじめました。コンピューターゲームの、麻雀の一人打ちものです。賭けはありません。退屈しのぎですから、軽い役を上がってできるだけ(百円で)長くつづけようとし、1000点かせいぜい3900点(ザンク)の役で上がっていました。

 ところが何巡目かで、配牌(はじめに来た持ち駒)がずばり国士無双向き。たぶん配牌で三シャンテンくらいだったと思いますが、その後のツモもよく、とうとう私は雀ピューターでははじめて、国士無双(役満)を上がることができたのでした(九面待ちではありませんでした)。

 ところで、役満を上がるとよくないことがある、と言われます。ゴルフのホールインワンみたいなものです。私はその時、まったくそんなことは考えていなかっのですが、ちょうど国士を上がって、得点が一万、二万と加算されているその時に、駅の方から、
「新宿行きの列車が発車の方向です。駅周辺におられる方は急いで列車にお戻り下さい」
というアナウンスが、聞こえて来たのです。

 考える余地はありません。朝から東京方面に帰れるかどうか、皆目わからない状況の中で、乗り継ぎ乗り継ぎ、その都度待ち時間も相当なものでした。今、やっと動くらしいこの列車を見送ったら、その日のうちに帰れるかどうかわからないのです。私はあっさり、役満を上がって六万点ぐらいまで溜まった雀ピューターを打ちやって、駅へと向かいました。

 乗車後もしばらく待って、ようやく列車は発車しました。その後はところどころ停車時間の長いところもあったと思いますが、無事に藤野、相模湖と神奈川県内の駅を過ぎ、高尾、八王子と停車しました。その頃だったと思います(あるいはもっと早かったのかも知れませんが)、急に車掌のアナウンスで、「今日は緊急事態ですから、この列車を三鷹に停車させます」と告げられました。車内が一瞬どよめき、私も耳を疑いました。その頃、中央本線の松本、甲府方面からの普通列車はすべて新宿行きでしたが、東京都に入ってからの停車駅は高尾、八王子、立川のあと終点新宿で、三鷹に停まることはなかったからです。

 本当にそんなことができるのかな、国鉄も柔軟になったなあ、と思っていた、三鷹停車のアナウンスの5分後くらいのことです。また車内放送の入る音がして、先ほどの車掌の憤然とした声で、「われわれは三鷹に停めるつもりでしたが、指令がどうしてもそれを認めません。悪いのは指令です。」という「三鷹停車取り消し」のアナウンスが流れました。車内には、先ほどとは逆の、落胆を主としたトーンの低いどよめきがたれこめました。そして電車は三鷹には停車せず、そのまま終点新宿まで走り切りました。

 この時、憤慨した車掌が指令の実名を挙げていたような気もします(今はブログに書くだけですから、調べていません)。しかし、私も六十を過ぎていますので、こうした経験を書きのこしておくことが、後世の参考になることがあるかも知れないと考えます。またこの時の杓子定規な「指令」の対応に比べ、今年7月22日の東海道新幹線が回送列車に乗客を乗せて運んだというニュースは、四十年以上経っていて国鉄とJRの違いはあっても、時代もものの考えん方も変わったな、ということの(新幹線のケースは良い方の)例として、お伝えするべきだと思いました。

※この話を『さらば北陸本線 鉄路の韻き』に書いてはいませんが、同書には、「のぞみ」登場後間もないころ、静岡駅で「のぞみ」が「ひかり」をはじめて抜いた時のこと、また引退間近の上野‐金沢間の寝台特急「北陸」に何らかのトラブルがあり、後を走る急行「能登」が直江津で追い越したなどのエピソードも、紹介してあります。鉄道好きの方にはきっと喜んでいただける本であります。ぜひお買い求めいただけますよう、よろしくお願い致します。

さらば北陸本線表紙

版元ドットコム さらば北陸本線 鉄路の韻き



国語力に定評がある文京区の総合学習塾教師
小田原漂情
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小田原漂情
専門家

小田原漂情(学習塾塾長)

有限会社 言問学舎

自らが歌人・小説家です。小説、評論、詩歌、文法すべて、生徒が「わかる」指導をします。また「国語の楽しさ」を教えるプロです。みな国語が好きになります。歌集・小説等著書多数、詩の朗読も公開中です!

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