2016年8月9日に
8月9日になりました。今日も言問学舎塾長ブログの記事を状態のまま転載させていただきます。
6日の広島市長の平和宣言が短歌作品を取り上げたのにつづいて、今日9日の長崎市長の平和宣言では、被爆時に17歳だったという女性の詩作品が、田上富久市長の「目を閉じて聴いてください。」という呼びかけにつづけて読み上げられた。詩の全文を引用するのではこの稿の位置が狂うから、私が特に注目した箇所を二か所、引用させていただきたい。
(前略)
ケロイドだけを残してやっと戦争が終わった
(中略)
だけど……
このことだけは忘れてはならない
このことだけはくり返してはならない
どんなことがあっても……
「ケロイドだけを残してやっと戦争が終わった」の一行は、それだけが独立した連とされている。あくまで作品を読み解く意から記述するが、「ケロイドだけを残して」と表現したのは、それが作者自身の身の上のことだったからだろう。私がこれまでに見聞した資料や作品に限っても、うら若い女性が外見に大きな傷を負ったという例は多くあり、忘れられないことなのだが、この詩の作者も、17歳の身体に一生消えないケロイドを残された。つづいて田上市長は「自分だけではなく、世界の誰にも、二度とこの経験をさせてはならない、という強い思いが、そこにはあります」と、平和宣言で述べている。
すでに平均年齢が82歳を超えている、被爆体験を持つ方々が、自らの痛みを訴えるばかりでなく、「今後、世界の誰にも同じ苦しみを経験させたくない」と語られる言葉にこそ、原爆の惨禍も戦争も知らずに生きて来られたわれわれ戦後の日本人が、どのような論理よりも深く学ぶべきものがあるのではないか。
そして、「このことだけは忘れてはならない/このことだけはくり返してはならない/どんなことがあっても……」という訴えが、「くり返してはならない」というその叫びが、一部の人間にしか届かないというふうに、われわれがあきらめてしまうことこそが、もっとも忌むべきことであろう。
一人一人の力は小さくとも、語りつづけ、願いつづけること。むろん私には、書きつづけることがそれに加わる。田上市長の平和宣言は、戦争が何をもたらしたのかを知ることが、平和をつくる大切な第一歩であり、人の痛みがわかることの大切さを子どもたちに伝えつづけることが、子どもたちの心に平和の種を植えることになる、と語られた。さらに次の一節を引かせていただき、令和元年8月9日の拙稿を結びとしたい。
<平和のためにできることはたくさんあります。あきらめずに、そして無関心にならずに、地道に「平和の文化」を育て続けましょう。そして、核兵器はいらない、と声を上げましょう。それは、小さな私たち一人ひとりにできる大きな役割だと思います。>(令和元年8月9日の長崎市長による平和宣言より引用)
令和元年(2019年)8月9日
小田原漂情