言問学舎の冬期講習2024‐25 1年生も頑張っています
感想文の本体は、3か所から5か所の「枠」と「すじ」をつなげて行くことで、完成しました。ただ、これで終わりではありません。仕上げとして、「結び」の段落が必要です。
「結び」は、「書き出し」と呼応させる点にだけ、注意して下さい。その上で、読んだお子さんが感じたとおりのことを、素直に書くのが一番です。だいたい、ここまでの流れに沿ったまとめができていれば、最後の一段落の感想は、自ずと出てくるものです。
そして、ここにこそ、子どもが一冊の本を読んで何かを感じ、何かを得た、そのエッセンスが凝縮されるわけですから、特に内容面には口出ししないのが理想です。
ただ、結びについても「どうやって書いていいかわからない」場合もありますし、書き方のご紹介をしているわけですから、一応モデルとしての例は、掲げておきましょう。これまで断片的に書いてきた『ごんぎつね』で、三つほど例を作ってみます。
①ぼく(わたし)は、最後にごんがうちころされてしまった場面で、とてもかなしい気持ちになりました。くりや松たけをとどけたごんの思いが兵十に伝わらなかったこと、兵十が知らずにうってしまったこと、どちらも、人間ときつねの間で言葉が通じないのが原因ですから、どうにもできないことで、それがかなしかったのです。
ぼく(わたし)は、言葉の通じる人間同士、友だち同士の間では、思いが伝わらな
いためにけんかしたりすることがないように、きちんと言葉で思いを伝えたいと考え
ました。
②さいごにごんのところにかけよって、
「ごん、おまえだったのか、いつもくりをくれたのは。」
と言った時、兵十もとてもかなしそうだと、ぼく(わたし)は感じました。なぜなら、いつもくりや松たけを届けてくれていたごんがいなくなると、兵十もほんとうに一人ぼっちになってしまうからです。
ごんは兵十のおっかあのおそうしきを見て後かいしたけど、兵十も、死んだごんをだきかかえて、後かいしただろうと思います。はじめはごんのいたずらがもとでしたが、ごかいされてころされたごんも、知らずにうってしまった兵十も、どちらもかわいそうだと思いました。
③ぼく(わたし)は『ごんぎつね』を読んで、一人ぼっちになること、かんちがいが原因であらそいになることは、とてもこわいことだと思いました。ごんははじめいたずらで、悪いことをしたけれど、ほんとうは、やさしい心を持ったきつねです。自分のしたことを後かいし、一人ぼっちの兵十のために、くりや松たけを届けていたのですから。
もし兵十がそのことを知っていたら、二人はきっと、仲の良い友だちになれたでしょう。でも、ごんの気持ちを知らない兵十は、ごんを悪いやつだと思って、うちころしてしまいました。同じようなことは、人間同士の世界でも、あるのではないでしょうか。ぼく(わたし)はそんなことにならないように、相手が悪いと思っても、何か理由があるはずだから、そのことをきちんとたしかめるようにしたいと考えました。
お子さんが書く結びは、4~5行の一段落でかまいません。このように、「結び」が書けたら、これで感想文は完成です。例文が少々長くなりましたので、「感想文を書き上げるまで」の本篇をこれで完結とさせていただき、次回「見直し」「表現上の注意」などを、別稿としてお伝えしたいと思います。