市場調査は無意味? 新井一が語る「9割の起業家が間違える」ビジネスアイデア発見法
印鑑はもはや最初にそろえる道具ではない
――新井さん、個人事業を始めるときに、角印や銀行印まで先に作ったほうがいいのでしょうか? 通販を見ると3本セットが出てきて、不安になります。
新井:その不安、よく分かります。開業準備を調べると、印鑑、名刺、封筒、ゴム印と、先に買うものが山ほどあるように見えますからね。でも結論から言うと、印鑑は「使う相手」が見えてからで間に合います。税務署へ出す個人事業の開業届は、今は押印欄そのものがありません。
――開業届に押さないなら、開業のためだけに新しい印鑑を作る必要はないのですね。
新井:そうです。令和3年4月1日以降、税務関係書類への押印は原則不要になっています。開業届や青色申告承認申請書を出すために、屋号入りの印鑑を急いでそろえる必要はありません。もちろん印鑑が悪いわけではないですよ。問題は、使う場面が決まる前に買ってしまうことです。
4種類の印鑑は出番がまったく違う
――個人事業主向けの印鑑セットには、認印、角印、銀行印、実印のようにいろいろあります。何が違うのでしょうか?
新井:まず認印は、受領書や簡単な確認で使う個人名の印鑑です。これはすでに持っているもので十分なことが多い。角印は、屋号を入れて請求書や見積書に押すためのもの。銀行印は、金融機関が届出印を求める口座手続きで使います。実印は、賃貸借契約や融資などで印鑑登録証明書と一緒に使う個人の印鑑です。
――屋号入りの印鑑を実印として登録することはできないのですか?
新井:そこは間違えやすいところです。屋号だけの印鑑は、個人の実印にはなりません。印鑑登録は住民登録のある市区町村で、本人の氏名にもとづいて行います。個人事業は法人ではありませんから、会社の代表者印のようなものを先に作る必要もありません。屋号入りの角印は、請求書の見栄えや相手先の運用に合わせる道具と考えたほうがいいですね。
必要かどうかは取引相手が決める
――では、角印はどんな人なら先に作っておく意味がありますか?
新井:紙の請求書を毎月出す相手が、すでに決まっている人ですね。官公庁、地元企業、建設や不動産まわりの取引では、紙と押印が残っていることがあります。一方で、制作、相談、資料作成、オンライン納品の仕事なら、見積もりから請求までPDFや電子契約で終わることも多いですよ。
――業種ではなく、相手の請求や契約の様式を見るのですね。
新井:そうです。「私は何業だから必要」と決めるより、最初に請求書を送る相手へ「PDFでよいですか?」と聞くほうが早い。相手が「押印なしで大丈夫です」と言えば、角印はまだいりません。逆に「紙で、社内処理上は押印ありが助かります」と言われたら、その時点で1本作ればいい。数日で届くものに、開業前の大事なお金を先に置かなくてもよいわけです。
3本セットより先に残すべきお金がある
――金額としては数千円から数万円ですよね。そこまで慎重に考えたほうがいいのでしょうか?
新井:印鑑だけ見れば大きな出費ではありません。でも起業準備中は、こういう小さな出費が積み上がります。名刺、封筒、会計ソフト、パソコン、セミナー、本。1つずつは軽くても、初月の売上が立つ前に合計すると重い。僕はいつも、売上が立つ前のお金は「見栄え」より「次の受注」に近いものへ使ってほしいと話しています。
――印鑑を作ること自体が、準備を進めた気分にもなりますよね。
新井:まさにそこです。道具から入ると、使い道を探し始める人がいます。電子で済む請求書をわざわざ印刷して、角印を押して郵送する。本人は丁寧にやっているつもりですが、相手はPDFで十分だったりする。道具に仕事を合わせると、手間も郵送代も増えます。準備は、仕事の流れを軽くするためにあるはずですよ。
使う場面が見えてから作れば遅くない
――実際に、印鑑を急いで買わずに済んだ方もいますか?
新井:います。起業18フォーラムの会員で、印刷会社に勤めながら施工事例ページの原稿づくりを始めた桑原さんという方がいました。開業を決めた週に、角印、銀行印、実印の3本セットとゴム印、屋号入り封筒まで注文しようとしていた。合計で4万円を超えていました。
――かなり本格的にそろえるつもりだったのですね。
新井:ところが、先に設計事務所へ見積書を出したら、「請求書はPDFで、押印なしで大丈夫です」と返ってきたそうです。そこで注文を止めました。その後、紙の請求書を求める工務店が1社出てきた時点で、作ったのは角印1本だけ。浮いたお金はクラウド請求書ツールの利用料に回しました。今では取引先も増えていますが、銀行印を用意したのは屋号付き口座を開くと決めたあとです。
――先に相手の様式を確認したことで、必要なものだけに絞れたのですね。
新井:そうです。起業準備は、全部そろえてから進むものではありません。まず1件の取引を見て、紙が必要か、電子で足りるかを確認する。印鑑は、必要だと分かってから作っても遅くありません。今日は、気になる取引先や同業の人に「請求書や契約書は紙ですか、電子ですか」と1つ聞いてみてください。それだけで、3本セットを買うかどうかの迷いはかなり減ります。
起業家インタビュー(聞き手:伊藤純子)
新井一氏プロフィール
起業18フォーラム代表。「会社員のまま6カ月で起業する」方法を伝える起業支援キャリアカウンセラー。キャリア26年以上の実績を持ち、延べ60,000人の会社員の起業をサポート。会社員時代に始めた事業で培ったノウハウ、多数の起業家を生み出してきた実践的技術を武器に、起業支援&集客マーケティングの専門家として活動中。
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