「自分が嫌い!」心の構造と原因を理解して 、自分嫌い克服

大澤秀行

大澤秀行


なぜ自分が嫌いになるのでしょうか。
仕事であれ、日常であれ、日々生活をしていれば周囲の人に迷惑をかけたり、失敗することは誰でもあります。自分が嫌いな人は、そんなとき、自分を責めたり、自分のこんなとこが嫌いだと、ネガティブに考えていきます。
また、容姿や性格、能力、収入、環境などを他者と比べて劣等感を抱き、こんな自分が嫌い!とも思ってしまいます。

「自分が嫌いな人」は、自分で自分を否定して落ち込んでしまう。
また、「自分が嫌い=自己嫌悪」で、それは自分への攻撃的な感情なので心は疲弊しやすく、消えたいという思いに至ることさえあります。

ここでは自分が嫌いな人の特徴、心の構造と、自分が嫌いになった原因を、自分が好きになる場合と比較して説き明かし、そして「自分が嫌いから自分が好き」へと意識を書き換え、自分嫌いを克服する方法についてお話しします。


自分が嫌いになりやすい人の特徴と構造

■自己否定感が強い
■自分に自信が無い
■マイナス思考、ネガティブな性格
■理想が高い
■負けず嫌い
■人を羨ましく思う
■劣等感が強い
■自分が悪いと考える
■自己犠牲
などがあります。

これらの特徴は、ありのままの自分を受け容れられず、心理学でいう自己卑小感、等身大の自分より小さく見てしまいます。現実の自分より卑小に見て他者と比較し、どんどんマイナスに思考し自分を自分自身で貶めて行きます。
これは誇大自己(大きく見せる自分)と構造的には同一になります。どちらも現実の自分を受け容れないという心的防衛です。



図のよう自分は卑小自己の位置に居ます。そこから想像の自分を見ているためにギャップが大きく落ち込んでしまう→ダメな私→嫌いな私へと自己嫌悪します。卑小自己の位置で自分を守っているのが、自分が嫌いな人の構造です。

自分が嫌いな原因 母の3つの反応の欠如


では、なぜ卑小にしてまで自分を守らなければならなかったのか。なぜ自分が嫌いになってしまったのか。消えてしまいたいほど自己否定してしまうのか。

それは赤ちゃんの時代まで遡ります。母が赤ちゃんの訴えに反応しなかった、母の3つの反応の欠如がもたらした結果、自分が嫌いになりました。

【母の3つの反応】

1.反射 (聴覚)
2.アクション (行動、行為)
3.まなざし



赤ちゃんは寄る辺なき存在で母の世話無くしては少しも生きてはいけない無力な存在です。
生理的欲求<空腹、眠い、排便>など世話を受けなければ、何一つ自らの力では生きていけません。発端はその時代に遡ります。

ここでは生理的欲求、「お腹が空いた」「おっぱいが欲しい」ときの母の授乳を取り上げてお話しします。

自分が好きになるプロセス〈母の反応があった〉

1.反射(聴覚)
赤ちゃんは「お腹が空いたよ」「おっぱいが欲しいよ」と泣きます。母は耳、聴覚で泣き声をキャッチし、「あっ、おっぱいが欲しい泣き方だ」と聴き分けます。

2.アクション(行動、行為)
赤ちゃんのサイン、泣き声に敏速に反射します。反射とは行動で反射すること、決して言葉ではありません。赤ちゃんを授乳の態勢に持ち込む、アクションが反射です。

3.まなざし
反射されることにより、赤ちゃんの存在が承認され明らかになります。それは母の目に写っている、まなざしが赤ちゃんに向いていることです。それにより赤ちゃんは「自分が存在している」と証明されました。存在のOK! そこに居ていい、排除されないことが自体愛を育てます。


また、赤ちゃんは母の敏速・的確な授乳により空腹が満たされ、心に「快」が一つ積もります。この母の反射の反復により「快」が一つ一つ増えていきます。自分の身体感覚が間違いで無かった確かだと。そして、世話行動が根拠となり、自分の身体感覚を信じることができます。

お母さんの3つの反応があると言葉が物質化します。

母の敏速・的確な世話行動により、言葉が物質化され満足というスタンプが押されていきます。この満足が満足感となり、とても気分がよく気持ちがいい。

そして「お母さんはどうしてこんなにしてくれるのだろう」「どうして私(僕)は世話をして貰えて気持ちよくして貰えるのだろう」と疑問に思います。

「あっ、お母さんは私(僕)のことが好きなんだ」「私(僕)は愛されているからだ」と、母に愛されていると根拠のない確信を持ちます。


【お母さんは私を好きが、私は私を好きになる】

その確信は、お母さんは私(僕)を好き。このとき、生まれるのが自己愛です。快も満足もお母さんが齎してくれたと思います。

『私(僕)は、お母さんの愛の子である』=『私は私が好き』=自己愛

自分が一人で勝手に独善的に決めたのではありません。お母さんが世話をしてくれた結果、導き出された答えです。
自分の満足は自力ではなく、他力。お母さんが寄与してくれた、これが保障になります。お母さんが鏡となり愛されている私が、愛する私へと入れ替わります。転換します。
この考えの中でお母さんが自分の快の原因だと確定したとき、自己愛も確定し、「自分が好き」が確定しました。


まだ赤ちゃんは言葉が喋れないので、信じるとか好きとか愛されているとか言葉はありません。しかし、安心・安全な自分の居場所があるということ、お母さんが必ず反応してくれることで先ほどの「自分はここに居ていい」となります。これが心の安定となり、その心の安定が基本的信頼を意味します。


自分が嫌いになるプロセス〈原因は母の反応が無かったこと〉


「お腹が空いたよ」「おっぱい欲しいよ」と泣いたのに、授乳されなかった。もしくは手が離せないため、すぐ授乳できず用を済ませてからの授乳になった場合も、授乳しないに該当します。基本的に敏速でなければ無いと同じ、「後で=反射が無い」ということです。

反射しないとは、お母さんがアクション(行動、行為化)を起こさなかった。
すると赤ちゃんは何を思うでしょうか。赤ちゃんの立場になり同一化して考えてみます。
これは反射が無い、反応が無いということ。
ということは、「お腹が空いた」「おっぱいが欲しい」に応える物質が無いということです。


でもお母さんは目には見えている。お母さんの足音は聴こえている、気配はある。これを「無視」と言います。まなざしの欠如、視覚を無にしてしまう無視です。

お母さんは目に見えているけど存在していないとは、お母さんは居ないこと。母の存在を失いました。
存在が消えるのはお母さんだけではありません。「お腹が空いた、おっぱいが飲みたい」と泣いて言った赤ちゃんも消えます。なぜなら、お母さんが居なければ、お母さんが鏡となり写し出され存在していた自分も消えるからです。


要求しても反射が無かったら、赤ちゃんはこう思います。 「私(僕)はおっぱいを飲みたかったのかな?」と、自分の要求に疑問符をつけます。 「あれっ? お腹が空いたと思ったけど違ったのかな?」と、自分の身体感覚に不信を抱きます。
これが繰り返され反復されると、自分の身体感覚を信じられなくなります。果ては自分の身体の声が全く聴こえなくなり麻痺します。


また、お母さんが反応しなければ、もしくは気分で反応すれば、当てにならないので信じられません。するとお母さんは自分の鏡なので、「自分が信じられない」に至ります。ここで不信を学びました。
常に疑心暗鬼なため不安の中に居ます。

お母さんが反応しないとは、自分の要求を否定されたことであり、「私(僕)がダメだから、お母さんが何もしないんだ。怒ってるんだ」と、自ら自己否定します。お母さんのせいにはしません。

後に自己嫌悪し責めます。どうして? と劣等感に苛まれます。なんて私はダメなんだ、こんな私は嫌いだ! 消えたい!に至るのです。

すべての発端は、母が敏速・的確に世話行動をしなかったことにあります。反応しなかったから、自分に自信がない、自分が好きになれない、嫌いだとネガティブになります。
なおかつ、無視だから自分の存在が消えました、透明人間になってしまいました。

私を見て!

透明人間って? それは、今生きている肉体はあっても自分の精神が無いことです。

母の言うとおりにしていれば、自分は存在しているかのように思えます。
が、しかし、それは私ではありません。どれだけ「私を見て!」と訴えても母は見てくれないために、「母を見る」に入替ざるを得なくなりました。自分が母を写しているので母のコピーでしかない。母のコピーとは自分が居ないということ。コピーだから自らの言語を失っています。

言語を失うとは自分を規定する言語が無いこと。簡単に言えば名前が無いということです、戸籍上の名前があってもです。
存在が消えているので、もちろん対象は居ません。

対象が居ないとは、対象を規定する言語がないこと。自分を表す言語がないのだから対象を表す言語もありません。対象と自分の区分が無いのです。ゆえに、対象は自分なのですべての他者が嫌いです。他者ではなく自分が嫌いなのです。
対象が無いので向かうものもありません。それは自分は何をしたいのか分からないこと。そして、無力感、虚無感、最後には自分を消したくなります。

【自分が嫌いな人とは】
母の反応が無いことにより、失うのは対象と自らの言語。言葉の信憑性という言葉の真実味を失います。それによって言語体系をすべて失う。話すことが無力になる。もしくは無効化される。当然喋らなくなります。喋らなくなるとは、後の自らの欲望(本来の自分がしたいこと)を語る事が無くなる


その始まりは母の無反応だったということ。敏速・的確な世話行動を受けられなかったために自分が嫌いになりました。それは、母は子供の鏡にならず、子供を母の鏡にしました。ということは、子供は母の望む自分を生きています。その自分が嫌いなのです。嫌いな自分はすべて母だったということです。


自分嫌い 克服


嫌いな自分とは、自分を無視した母のお気に入りの自分が嫌い。ならば母をすべて追い出し、切り離せばいい。真っ新なところに新しく好きな自分を、一つ一つ、快を積み重ねるように、好きな自分を言語化して大好きな私を創ることは可能です。

好きな自分になるための5つのこと

短所を書きだす
短所は見方を変えれば長所になります。これをリフレーミングといいます。
例:何でも時間がかかる。スローペース。見方を変えれば、慎重で丁寧ということです。

現実を見る
自分が嫌いな人は「理想としている自分像」を持っているがゆえに現実とのギャップに苦しみ、自分が嫌いになることが多いです。この理想像に少しでも近づきたい、成長したいという向上心があるとも言えます。しかし、理想像と現実のギャップが大きいために、現実を受け容れないと、好きな自分を創造することは難しくなります。まず現実を受け容れること。

小さな目標を立てる
小さな成功体験をつくる。一つ一つ、成功体験を積んでいく。少しずつ自信ができてきます。
例:毎朝3回スクワットをするとか。

自分を素直に褒める
何でもできたことは、素直に自分を褒める。あら探しや厳しいチェックはしないで自分を褒めましょう。次第にそんな自分が愛しくなってきます。
例:今日はのんびり昼寝したい。と思ったとき、「のんびり昼寝する私」に同一化し、素直に自分の心の声、体の声の通りに従って昼寝した私を褒める。

自我理想を言葉にし、好きな自分になる
「自我は他者の下で構成される」と言います。
自我理想を持っていれば自我理想が他者になります。
例えば、素敵だなと思う人、出来事、それのどこが素敵と思うのか言語化します。
その言語を好きな自分になるための一つの要素として摂り容れ同一化します。

大文字の他者(言語)の下に、例えば自我理想を「私は○○です」ここの○○は自由に何でも入れることができます。言語の数だけ自分の好きな自分になれます。それは誰の真似でもない、比べることができない唯一無二の私です。

まとめ



1度きりの人生、今の自分を知り受け容れ、一歩ずつ楽しみながら、嫌いな自分から好きな自分になっていく。そして、なりたい私、愛すべき私と共に人生笑顔で生きていきたいですね。

もし、色々試してみたけど自分が好きになれない、達成しようがない理想について、どうしても言語化できない書き換えられないときは、言語化のプロ精神分析の門を叩くのも一つの方法です。

母の世話行動を受けられなくても、乳幼児以降の世話は言語で出来ます。対話が世話になります。言葉にできなかった思いや辛さ、悲しみ、喜び、無意識の中にある様々な思いを言語化していくことで、自分嫌いを克服し、自分を愛し、他者を愛することができるのです。


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大澤秀行
専門家

大澤秀行(精神分析家)

合同会社LAFAERO1(ラファエロワン)

精神分析家として30年の臨床実績があり、現在もメールや電話も合わせると、一日平均10名の精神分析によるセラピーを行っている。

大澤秀行プロは朝日新聞が厳正なる審査をした登録専門家です

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