人間の心はどう形成されるのか?知ってるようで知らない心の形成プロセス

大澤秀行

大澤秀行

人間の心はどう形成されるのかというと、母の眼差しのもとで形成されます。なぜ母の眼差しのもとかというと、自分の存在が見えるか見えないか(有るか無いか)は視覚機能しかないからです。すると我々の存在の最初の保証と証明は、母の眼差しのもとです。いえ、実はあえて「母」という必要はありません。もっと正確に言うならば、見ていてくれる「人」が居ればいいのです。人間の眼差しのもとで「私は有る」という存在の形式を持つことができます。

だから、子供はよく「お母さん、見てて」と言いませんか? 勉強する時も「そばに居て」と言うことがありませんか? これは別に勉強を見てほしいのではありません。そばに居るだけでいいのです。するとそこに自分が居るということの、保証と正に証明ができるからです。なぜなら、そばに置いておくと反射(エコー)があるからです。山に登るとよく「ヤッホー」と言いますね。すると「ヤッホー」と返ってきます。私が発した私だけの言葉が返ってきたということは、結局私が私を証明したことになります。「ヤッホー」と言って何も返ってこなかったら、私は透明人間です。ということは自分の存在が不安定になった時、何か言えばいいのです。例えば「お母さん」と。そこで「何?」と返ってきたら、これは自分が居る証拠です。ところが「お母さん」と言っても何も返って来なかったら、ここに居る人(母)は存在していないことになります。同時に私も存在しません。

人間の心の形成は単なるエコー(反射)なのです。今、私は部屋の中に居るとします。歩いて行くと壁にぶつかります。これがぶつからないで部屋からスーッと消えたら私は霊体です。みんなには見えない存在です。私はたまたまぶつかったので、「あっ、自分は生きているんだな」と思うのです。

お母さんの網膜に映るということは、私は光を反射しているということです。私が存在しなければ、お母さんの目には映りません。結局居るということは、網膜に映るということです。こうして危うい私の存在は、辛うじて自分の存在を保証してくれる場面に今居る、という微かな安心感を持つことができます。なぜ微かな安心感かというと、お母さんが居なくなったら私は消えてしまうからです。なぜなら、反射してくれる人が居ないからです。

このことは母が大事なのではなくて、反射する人が居るか居ないかが全てだということです。ずっとそばに居て反射する人が居るか居ないかが、人間の存在の全てを決定させる要因になっているということです。この時に「私は有る」という文字を作れます。ですが危ういので、反射する人が居なくなるとフワーっと消えてしまいます。私は霧のような存在になって、何の実体もなくなってしまいます。それぐらい人間は危ういのです。

このように、人は誰か自分以外の他者を必要とする構造になっています。

さらに、人の眼差しのもとで私は有るという、この「有る」で止まればいいのですが、人間はそこに留まれません。この有るというのが「どう有るか」という、自分の命に意義があるのか、有意義か無意義かという言葉に次は行ってしまいます。ただ有るだけでは済まないのです。自分の存在に意義があるかどうか、この文字に行き着いてしまいます。いわゆるこの問いかけをしてしまうのです。


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大澤秀行
専門家

大澤秀行(精神分析家)

合同会社LAFAERO1(ラファエロワン)

精神分析家として30年の臨床実績があり、現在もメールや電話も合わせると、一日平均10名の精神分析によるセラピーを行っている。

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