離婚事件簿その12~面会交流の重要性
婚姻費用・養育費とは
夫婦は、相互に生活を扶助する義務を負っており(民法752条)、また、結婚生活から生ずる費用を分担する義務を負っています(同760条)。
これらの義務は、「夫婦」である以上、負担するものですから、たとえ不仲で別居していたとしても、離婚が成立するまでは、夫婦は生活費を分担する義務を負います。
多くの場合、夫婦のうち、収入の多い側が収入の少ない側に対して、あるいは子を監護(手元で育てること)していない側が子を監護している側に対して、生活費を支払う義務を負っています。これを婚姻費用の分担義務といいます。
「婚姻費用」というと、結婚式の費用のように思われますが、上述のとおり、生活費を指します。
また、夫婦の間に子がいる場合、離婚して親権を失い、監護をしていない場合であっても、親として子を扶養する義務を負っており(民法877条)、離婚に際して定められる子の監護に要する費用(子供の生活費)を分担する義務を負っています(民法766条1項、2項)。これが養育費の支払義務です。
平たくいうと、別居した夫婦の一方が他方に生活費を支払うのが「婚姻費用の分担」、離婚した元配偶者に子供の生活費を支払うのが「養育費の支払」です。
婚姻費用と養育費とは、前者が離婚前で、後者が離婚後という違いがあります。
これは、婚姻中は配偶者に対する扶養義務があるため、婚姻費用には配偶者の生活費も含まれますが(婚姻費用=配偶者の生活費+子の生活費)、離婚後は配偶者ではなくなるため、その生活費を支払う義務もなくなり、子供の生活費である養育費の支払義務だけになることによります(養育費=子の生活費のみ)。
養育費・婚姻費用算定表の登場
養育費や婚姻費用は、当事者が話し合いによって自由に金額を定めることができるのですが、当事者の意見が合わないときは、養育費・婚姻費用算定表を用いて金額を決めるのが一般的です。
算定表が登場する以前は、個別の事案ごとに、精密に婚姻費用や養育費を算定していたため、結論に至るまでに膨大な時間がかかってしまい、とりわけ、その日の生活費にも事欠くような配偶者や子にとっては、著しい不利益が生じていました。
そこで、2003(平成15)年3月に東京家庭裁判所と大阪家庭裁判所の裁判官が共同研究を行って、判例タイムズという判例雑誌に発表したのが、従来の養育費・婚姻費用の算定表です。
この算定表は、婚姻費用や養育費を算定する際に最も重要な指標となる「権利者と義務者の収入」を、それぞれ表にあてはめるだけで支払額が算定できるようになっているため、簡易迅速に結論を出すことが可能となる画期的なものでした。たちまちに、共同研究の当事者たる東京家庭裁判所や大阪家庭裁判所だけではなく、全国の裁判所においても採用されるところとなり、実務の基準として定着するに至りました。
弁護士や調停委員にとっても、算定表ができたことにより、早い段階で婚姻費用や養育費の金額の見通しがつくようになったため、紛争解決に至るまでの期間は大幅に短縮されました。
また、養育費に関しては、見通しがつけやすくなっただけではなく、非監護親の収入が多いときは、算定表ができる前と比べて、支払金額が増加している事例が多くなった印象があります。反対に、非監護親の収入が少ない場合には、負担すべき養育費が少なすぎる結論に至る事案が多いような印象でした。
算定表改定の動き~日弁連の提言
しかし、平成15年に養育費・婚姻費用算定表が提言されてから15年以上が経過し、子が習い事をすることが当たり前になったり、スマートフォンの利用が当たり前になるなど、社会情勢が変化するにつれて、母子家庭または父子家庭の家計負担が苦しくなってくると、算定表に対する批判が高まってきました。
このような社会情勢の変化を受けて、平成24(2012)年3月15日に日本弁護士連合会(日弁連)は、最高裁判所に対して、新たな算定方式を研究して公表するように提言しました。
さらに日弁連は、平成28(2016)年11月15日に、独自に研究した結果をもとに、基礎収入や経費の算定方法を改めて、世帯人数や年齢をより細かく区分した算定表を策定して、最高裁に提出して公表しました。
裁判所による算定表の改定
このような動きを受け最高裁は、平成30(2018)年に東京家庭裁判所及び大阪家庭裁判所の裁判官を研究員とする婚姻費用・養育費の算定方法についての司法研究を行い、令和元(2019)年12月23日に、その研究結果を公表しました。ここで発表されたのが、新たな養育費・婚姻費用の算定表(改定算定表)です。
→養育費・婚姻費用算定表(裁判所ウェブサイト)
改定算定表は、従来の算定表の方式の算定方式を踏襲しつつ、新しい統計資料に基づいて策定されています。ただ、基礎収入や経費の算定方法などの基本的な枠組みに変化はなく、日弁連による提言は、裁判所による算定表改定のきっかけと促進の要因になったにとどまりました。
しかしながら、改定算定表を用いると、従来の算定表に比べて、養育費や婚姻費用の金額は、高く算出されます。実際、私が担当している案件でも、少なくとも月額で1万円、多い場合には3万円ほど見込額が上がりました。
すでになされた取り決めを変更できるか
では、算定表が改定されたことを理由に、養育費や婚姻費用の金額を上げるように要求することができるのでしょうか。
この点、従前から、養育費や婚姻費用の取り決めについては、「事情の変更」があった場合には、これを変更することができるとされています。
しかしながら、上記司法研究では、算定表が改定されたこと自体は「事情の変更」に該当しないと明確に示しています。そのため、算定表の改定だけを理由に増額を求めることはできません。
もっとも、(算定表の改定ではなく)「事情の変更」があったと認定され、養育費や婚姻費用を見直す場合には、改定後の算定表が用いられることになります。
例えば、別れた夫の収入が相当上がっていて、逆に自分の収入が下がっていることなどから、事情の変更があったと認められた場合、従来の算定表ではなく、改定後の算定表が用いられますから、養育費の金額が増額される可能性が高くなります。
民法の成人年齢引き下げは影響しない
令和4(2022)年4月1日に施行される改正民法によって、成人の年齢が20歳から18歳に引き下げられることが決まっています。
では養育費について、「成人に達するまで月額●円を支払う」という約束がなされているケースにおいては、18歳で成人なのだから、養育費の支払も18歳に達した時点で終了するのでしょうか。
この点、今回の司法研究では、「成人に達するまで月額●円を支払う」という約束については、成人年齢が18歳になったとしても、「20歳に達するまで月額●円を支払う」と定めたものであると解釈すべきであるとしています。約束がなされた時点での成人年齢が20歳だったわけですから、当事者の合理的な意思に即した妥当な解釈でしょう。
なお、家庭裁判所の実務においては、成人年齢が18歳に引き下げられることが決まっている現在では、「成人に達するまで」という誤解を招く記載はしないようになっており、成人年齢が18歳へ引き下げられるにもかかわらず、養育費の終期については、「未成年者が満20歳に達する日が属する月」とされるのが一般的であり、大学進学が決まっているような場合などには「満22歳に達する日が属する月」であるとか、「大学を卒業する日が属する月」とされることも珍しくありません。
こと養育費に関しては、成人年齢の引き下げによる実務上の影響は、ほとんどありません。
弁護士 上 将倫