離婚事件簿その8~離婚に伴う慰謝料の相場
(前編はコチラ)
事情の聴き取りに際して私が重視しているのは、調停・裁判など法的紛争解決に直接的に関わる法技術的な面に関する事情だけでなく、そもそも相談者夫婦が一体どういう夫婦なのか、この夫婦の関係がどうして壊れ、あるいは壊れつつあるのか、それらの真の原因はどこにあるのか、相談者は弁護士に何を求めてわざわざ法律事務所まで出向き、人に言いたくもない極めて私的な秘密事項・苦しい胸の内を明かしに来られているのかという本質的な部分を的確に理解し、そして共感できるように努力することである。
そのために私は、一見、法的紛争とは無関係と思われるような事情も聴き取っていく。他愛のない会話を重ねる中で、最初は固く口や心を閉ざしていた相談者も、ようやく色々と話しをしてくれるようになってくるからだ。
私の質問に答えるのではなく、相談者が自ら語ってくれる言葉は、夫婦生活や経済状況、その他彼ら彼女らを取り巻く様々な環境をクリアに浮かび上がらせてくれ、相談者がどうして離婚をしたいのか、真に求めていることは何なのか、何が一番重要なのか、相談者にとって最善の解決がどのようなものであるのかが少しずつ見えてくるし、一方通行ではなく双方向の会話の成立は、何より相談者との信頼関係の構築に欠かせないと私は考えている。
こうして事件の概要や相談者が何を求めているのかを頭にたたき込んだ上で、ようやく、相談者に対し、さて、法律の力では相談者にとってどういうことができるのか、法律以外の面ではどのようなことができるのか、実際にはどのようにすすめていくのか、を相談者と一緒になって考えていくことになる。
法律事務所に離婚の法律相談に行った場合、あまり話したくないような個人的な秘密事項をたくさん聴かれて、嫌な思いや恥ずかしい思いをしたり、不安・不審に思ったりすることもあるかも知れないが、弁護士はこうした事情を聴いて、相談者の置かれている状況全体を把握して、最善・最良の解決を探そうとしているのだとご理解いただき、アヤしい弁護士だと思わないでいただけると幸いです。
弁護士は、当事者間の紛争を法的に、公正かつ妥当な解決を実現する職務上の責任を負っているので、実際の紛争解決手段としては、法律的な話が中心となってくるのだが、法律が全ての夫婦の問題を解決できるわけではない。
こと夫婦の離婚問題においては、法律の力は一部的・補助的なものに過ぎないものと私は考えていて、法律の力や現在の夫婦関係清算のための法的制度を過信してはいないし、相談者に対しても、法律の力に過度の期待を持たせないようにしている(嘘偽りのない実情・現実的なことをきちんと話すように努めている)。
もちろん、法律は無力なものでは決してなく、後になってジワジワ効いてくる。
しかし、法律の力を使って、相談者・依頼者の利益ために最大限の力を尽くすというのは、弁護士としての最低限の仕事に過ぎないのであって、それだけでは本当は足りないのだ。
一番重要なのは、相談者が、離婚にあたって、経済的にも、精神的にも、ある程度の納得(前向きな意味でのあきらめ)ができる状況の下、過去のことは過去として清算をして、嫌なことは忘れ、人生の再出発をすることができるだけの状況をできるだけ整えて、第二の人生に送り出してあげることだ。
相談者が、この先生に頼んで良かったなと納得し、「辛いこともあるけど、辛いことばかりじゃないよね」と、新しい人生へのスタートを切ってくれることこそが、法的に有利に解決したという表面的なことよりも、もっと大事なことだと私は思っている。
弁護士 松尾善紀