特定の子に財産を相続させないことはできるのか?
自らの死後に、遺産を、「誰に」「どの程度」渡すのかについては、生前に遺言をすることによって、(一定の制限はありますが)希望を実現することができます。
そして、一般的な遺言の方法としては、自筆証書遺言と公正証書遺言があり、公正証書遺言がお勧めであることは、コラム「正しい遺言書の作成方法」で述べさせていただいたとおりです。
民法には、この2つの一般的な遺言方法の他に、特殊な遺言として「秘密証書遺言」と「危急時遺言」が規定されています。
今回は、これら特殊な遺言について、ご説明したいと思います。
秘密証書遺言
秘密証書遺言(民法970条)は、遺言者が、生前は、遺言の「内容については秘密」にしておきたいが、遺言の「存在については明らか」にしておきたい、という場合に利用される遺言です。
秘密証書遺言の作成にあたっては、遺言者が、遺言書に署名押印し、それを封じて封印を押し、これを公証人に提出の上、公証人と2人の証人の前で、自己の遺言である旨を申述するという手続が必要です。
自筆証書遺言が全て自筆で書かれている必要があるのに対して、秘密証書遺言は、署名押印がなされていれば、その内容については、ワープロや点字で書かれていても構いません。
ただ、秘密証書遺言としての要件に不備があっても、自筆証書遺言としての要件を充たしている場合、当該遺言は自筆証書遺言として有効と解されますので、万が一のことを考えれば、自筆で作成した方が無難でしょう。
秘密証書遺言は、公正証書遺言と異なり、公証人が遺言書の存在を確認することはしますが、内容の確認はしません。つまり、遺言の内容については、公証人にも秘密です。
もっとも、公証人が内容についても確認する公正証書遺言であっても、公証人は守秘義務を負っている以上、遺言の内容が外部に漏れるといった心配はありません。
また、秘密証書遺言の作成にあたっても、公正証書遺言の場合と同様に、遺言者自身が公証役場に出向く必要があり、作成手数料もかかりますから、ただ遺言内容だけを秘密にするためだけに、公正証書遺言に比べて遺言の実効性に不安の残る秘密証書遺言を利用する方は、実際にはほとんどおられません。
危急時遺言
危急時遺言は、遺言者に死が差し迫り、普通の方式では遺言を作成する余裕がない場合に用いられる遺言です。
危急時遺言には、一般の危急時遺言(民法976条)の他に、船舶遭難者が行う遺言(同法979条)がありますが、後者は例外のさらに例外であるため割愛し、以下、一般の危急時遺言について、ご説明します。
一般の危急時遺言の作成は、証人3人以上の立会をもって、その1人に遺言者が遺言の趣旨を口授(口頭で告げること)することによって行われます。
口授を受けた者(立会証人の内の1人)は、これを筆記し、遺言者及び自分以外の証人に読み聞かせ、または閲覧させ、全ての証人がその筆記の正確なことを承認した後、各証人がこれに署名押印しなければなりません。
遺言者が、口がきけない者の場合は、遺言者は、証人の前で、遺言の趣旨を(手話などの)通訳人の通訳により申述して口授に代えます。
遺言者または証人が、耳が聞こえない者の場合は、筆記した口授を通訳人の通訳により遺言者または証人に伝えて、読み聞かせに代えることになります。
一般の危急時遺言は、遺言の日から20日以内に、証人の1人または利害関係人から家庭裁判所に請求をして確認を受けなければ、その効力を失います(民法976条4項)。
また、遺言者が回復して、普通の方式による遺言をすることができるようになったときから6ヶ月間生存するときも、その効力を失います(同法983条)。
実際に、私が危急時遺言を作成したのは、次のような事案でした(※守秘義務の観点から一部事案に改変を加えています)。
相談者のお父様(以下「本人」といいます)が、以前から遺言書を作成したいと言っていたのに、作成できないまま危篤状態に陥ってしまったとのことでした。
私は、まず相談者に、主治医が作成した「本人の判断能力に問題はない」旨の診断書を取得してもらいました。
その上で、私自身が病院へ出向き、本人のお話をお伺いしたところ、確かに、遺言書の作成を希望しておられることが確認できましたが、本人の体力的に自筆証書遺言の作成は難しく、かつ、公正証書遺言を作成する余裕もなかったため、急遽、危急時遺言をすることをお勧めし、本人の了解を得ました。
そして、私の他に2人の証人を集めてもらい、本人の口授を筆記して遺言書にまとめ、その内容を本人及び他の証人に読み聞かせて、間違いがないことを確認してもらい、各証人に署名押印をしてもらいました。私も証人として、署名押印をしました。
危急時遺言の作成から2週間後に本人は亡くなられ、私は直ちに、家庭裁判所に遺言の確認申請を行いました。
家庭裁判所調査官による調査の結果、遺言書は真正なものであると認められました。
これを受け、相談者は、家庭裁判所に遺言書の検認の申立を行い、無事に遺言の執行がなされました。
本件では、さしたる問題もなく危急時遺言が認められましたが、危篤状態の場合には、判断能力に問題が生じていることもあるでしょうし(実際、過去の裁判例では、遺言者の真意に基づくものであることを否定して、確認の申請を却下した事例がみられます)、家庭裁判所での確認の手続が必要であり、さらに、その後、検認の手続を経る必要もあるなど手続も煩雑です。
そのため、公正証書遺言が可能な場合は、公正証書遺言を作成する方が望ましいといえます。
ただ、どうしても公正証書遺言を作成する余裕がなく、かつ、危篤状態ではあるものの、遺言者の判断能力自体は残っているといった場合には、例外的に、危急時遺言を検討する価値はあるでしょう。
弁護士 上 将倫