大人の教養4 風呂敷の包み方 結び方 SDGs
教養とは 学問や知識を身に付けることによって備わる、心の豊かさ
お葬式のマナーって、どんなことがあるでしょうか?
例えば
受付での御挨拶や御声がけは、蚊の鳴くようなか細い声で
道や廊下 祭壇への列など 真ん中を歩かない
どうして、こんなルールが必要なのでしょうか?
それぞれに理由はあります
例えば、ご挨拶や話し声などが普通であれば、その悲しみを伝える もしくは悲しんでいる人に対して、その声は気に障るもの
人の死というとても深い感情に触れてしまいますよね
たとえ代理で行って故人をよく知らなかったとしても、その人の気持ちに寄り添うことが大事
”ご愁傷様でした” という言葉は、聞こえ辛くても 伝わるものですから、聞こえるように言う必要もありません
実際、ご自身が深い悲しみの中にいると自然に声はでないものですよね
また、真ん中を堂々と歩くのも清々しさはこの場合では不必要なもの
また、真ん中は故人やその宗教の神様の通る道 (宗教によりそれぞれ諸説はございますが)
ついつい、祭壇に向かう列で両サイドのお席によるより、真ん中に列を作られることがありますが、少し真ん中を外されると良いでしょう
姿勢もしかり、ぴんと張った通常正しい姿勢であっても、悲しみの中では少し違和感を感じるものです
装いも大切なポイント
お通夜の席から、きっちりフォーマルで行くと、めったに出さないフォーマルブラックで伺うのは、まるで亡くなることを予測して用意をして待っていたような表現になってしまいます
着物であれば、色無地の着物に黒の帯 という準礼装で伺うと良いでしょう
この時の色無地は、色は問いません 準礼装ですから それが例えピンクやオレンジのように華やかであっても、帯は黒ですから、派手だからと黒の正装でお通夜に伺うことは避けましょう
また、お焼香の仕方や、玉串を奉奠する方法、また、教会での献花の仕方など、基本的なことは日常から知っておくことが大切です
前の方を見て、ドキドキしながら行うという経験はありませんか?
それで、何とかなった ということから、しっかり身につけない方もいらっしゃいますが
まずは、
なぜにお葬式に出ているのか
を考えることも大切です
故人との最後のお別れ という方もいらっしゃいますし、ご遺族をお慰めに と考える方もいらっしゃるでしょう
どちらにしても、前の方を見て、もしくは、これでいいのだろうかと 不安になりながら 行うことで
故人との最後のお別れ、またはご遺族をお慰めする余裕が生まれるでしょうか?
自分の行いに精いっぱいで やり過ごすことから卒業して、相手を想う その行為が できる 伝わる ためにも、
仏教であれば お焼香の仕方
神道であれば、玉串奉奠の仕方
キリスト教であれば、献花の仕方
最低、これくらいは大人の教養として どんな状態でも(自分の気持ちが、深く悲しみの中にいても)
自然と体が動く 身に付くように 備えることが大事だと思います
ただ、出来る ではなく、身に付き また 相手を(ご遺族や故人を)想う 余裕があるように
マナーとは、相手を想うことから始まります
ただ、やり方を知っているではなく 身に付いて 表現(動くこと)が出来る
そして、相手を想う気持ちが、体で表現できること
思っていても伝わらない所作(動き)では意味もありませんし
所作(動き)ができていても、相手を想う気持ちがなければ、それは社交辞令のようにしか映りません
ルールや決まり事を守っていれば、良いマナーではないということです
この心の所作(持ち方)と、体の所作が一体となって、完成すること
そのための マナーを知っているではなく、身に付いたマナーを是非 実践 お稽古をしてみてくださいね
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