住まい選びにおける消費者の潜在ニーズを考える
【はじめに】
賃貸住宅で最も多いトラブルは、退去時に賃借人に義務づけられている原状回復と費用負担にまつわるものです。国民生活センターなどの窓口には、例年多くの相談が寄せられています。原状回復については、国土交通省が定めた「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(住宅:「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)のダウンロード - 国土交通省 (mlit.go.jp))という基準があります。ところが、未だに借主へ過大な負担を請求する事案が発生しています。賃借人には、同ガイドラインの内容を理解することをお勧めします。
今回は具体の相談事例について、その妥当性を同ガイドラインに照らし考えてみます。
【トラブルの事例】
①原状回復の範囲
イ.6カ月居住した賃貸アパートを退去した。玄関の壁紙のわずかな傷で全面の張替え費用を請求された。
ロ.亡くなった母が住んでいた賃貸住宅を引き払ったが、原状回復費用としてふすまの張替費用などを請求されている。支払う必要があるのか。
ハ.2年間借りていたアパートを退去し、立会いのときに、畳1枚に焼け焦げがあると言われた。確かに私の不注意なので、畳1枚分は仕方ないと思うが、1枚替えると色が違ってしまうため部屋全部の畳を張り替えると言われた。取替の全額が私の負担か?
ニ.かなり古いと思われる物件に4年間居住していた。退去の際にバスルー ムの床が傷んでいるので、バスルームごと交換するため費用70万円を請求された。
②証拠がない
´イ.管理会社の了解を得て賃貸マンションに光回線を引いたが、退去時に、工事は許可していないと言われ、原状回復費用を請求された。
ロ.4年前に契約した賃貸マンションを退去したが、契約当時に提出した現状確認書を管理会社が紛失し、入居時にあった傷の修復費用を請求された。
イ.
③特約の有効性
・退去時に高額なハウスクリーニング代を請求された。
・2年間住んだアパートを退去することになり、契約書を確認したところ、 特約条項に「原状回復は、理由のいかんを問わず借主負担とする。」と書いてあることに気付いた。こ
の特約は有効か?
【ガイドラインのポイント】
ガイドラインには、原状回復に対する一般的な基準が書かれています。
(1)原状回復とは
原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義し、その費用は賃借人負担となります。そして、いわゆる経年変化、通常の使用による損耗等の修繕費用は、賃料に含まれます。
⇒ 原状回復は、賃借人が借りた当時の状態に戻すことではないことを明確化
(2)「通常の使用」とは
「通常の使用」の一般的定義は困難であるため、具体的な事例を次のように区分して、賃貸人と賃借人の負担の考え方を明確にしました。(以下の図参照)
A :賃借人が通常の住まい方、使い方をしていても、発生すると考えられるもの
B :賃借人の住まい方、使い方次第で発生したり、しなかったりすると考えられるもの(明らかに通常の使用等による結果とは言えないもの)
A(+B):基本的にはAであるが、その後の手入れ等賃借人の管理が悪く、損耗等が発生または拡大したと考えられるもの
A(+G):基本的にはAであるが、建物価値を増大させる要素が含まれているもの
⇒ このうち、B及びA(+B)については賃借人に原状回復義務があるとしました。
(3)経過年数の考慮
BやA(+B)の場合であっても、経年変化や通常損耗が含まれており、賃借人はその分を賃料として支払っていますので、賃借人が修繕費用の全てを負担することとなると、契約当事者間の費用配分の合理性を欠くなどの問題があるため、賃借人の負担については、建物や設備の経過年数を考慮し、年数が多いほど負担割合を減少させる考え方を採用しています。
(4)施工単位
原状回復は毀損部分の復旧ですから、可能な限り毀損部分に限定し、その補修工事は出来るだけ最低限度の施工単位を基本としていますが、毀損部分と補修を要する部分とにギャップ(色あわせ、模様あわせなどが必要なとき)がある場合の取扱いについて、一定の判断を示しています。
(以上、同ガイドラインから引用)
【事例の分析】
1-イ:原則、最小単位(通常㎡単位)の交換費用です。
―ロ:賃借人の故意過失がなければ貸主負担です。
―ハ:原則、焼け焦げのある畳一枚の交換費用です。
―ニ:床の痛みが経年劣化によるものであれば、貸主の負担です。賃借人の故意過失であったとしても床の損傷部分に相当する負担です。
2―イ:通常は室内の模様替え工事には貸主の許可が必要です。証拠として書面で残す必要があります。
―ロ:賃借人が「現況確認書(写)」を保管していたら問題ないケースです。
3 :原状回復を賃借人負担とする特約は有効です。賃借人が内容を理解し、契約内容とすることに合意していなければ、賃借人が不利となる特約が全て無効ではありません。よって、クリーニング代を賃借人負担とする特約は有効です。しかし、クリーニング代が高額な場合、相場を超える金額を負担する必要はありません。
【トラブルの防止に向けて】
まず、同ガイドラインをしっかり理解することです。もちろん完璧とはいかないまでも、以下の原則は押さえて下さい。
①経年変化や通常損耗部分は、原則、貸主の負担となること。
②建物や設備の経過年数を考慮して、借主の負担割合が決まること。
③借主が負担する施工範囲は、最小単位であること。
④原状回復に関する特約は、有効であること。
次に、契約書や重要事項説明書にある原状回復の内容は、特約事項を含めて事前に必ず確認して下さい。そして、室内の模様替え工事の許可書など関係書類は、しっかりと保存して下さい。特に、入居時の現状確認書は重要な証拠になります。更に、日付付き写真を添付することをお勧めします。
トラブルは、事後対応より事前対策の方が経済的・時間的・精神的に有利です。