愛情のケチ
日頃の相談業で、「どうしたゴールを目指しますか?」と相談者に聞くと、
「会話のある明るい夫婦になりたい」と言われる方が殆ど。
でもただ単に会話があればいいという風になり「上手な会話術」と言うような講座に興味を持つというような事になります。
しかし、本来は会話術というノウハウではなく、何故会話が少なくなっていったか、という事に気付く作業も必要になってきます。
私はここに注目をしつつ、夫婦の会話術を考えていくことにトライしたいと思います
さて、とは言え、このテーマは何度となく書いてきました。
それでも、繰り返し書いていくのはイマイチ、浸透しにくい考え方だからです。
それは多くの方が、会話という事を求める割には、会話を大切にしていないと思います。
そして、会話は「感情の吐露」だと感じていて、「円滑な関係」を視野に置いていないという事です。
よく、「詩は歌うように、歌は話すように」と言うように、感情を表したいのであれば、余計に感情を抑えて表現に神経を使うべきかと感じるのです。
例えば、家庭の中において、夫婦としての役割分担があるでしょうけれど、そこに不満を感じて、もう少し、互いの役割を果たそうよ、という事が話し合いの課題だとしたら、そこに感情が出てはいけないのだと思います。
しかし、そこは夫婦なのだから、いくら感情を抑えた表現であっても、夫ならば奥にある感情は察しているのです。
だからこそ、感情に走らない話法が必要だとしたら、そこは問題点を課題にすべきなのです。
と、いう事で、感情と問題を分けて考える。
これを心がけると、話し合いで、夫婦が疲弊していくことは避けられると思います。
自分の主張したい事はすればいいのだけれど、それが相手を負かすことになってはいけません。
普段から、夫婦が対立的な形を要していると、何かあれば、一触即発のような関係になり、パワハラ的な口調になります。
ここで、話が一段落しても、それは解決を見たのではなく、勝ち負けの勝負が決まったという事になりがちです。
妻の言葉で、夫が黙っても、それは納得をしたからではなく、負けたのです。
夫の言葉で、妻が話そうとする口を閉じたにしろ、それは、話すのを諦めただけなのです。
要するに、日頃からヒリヒリした会話しかしていない夫婦は、とかくライバル関係のようになります。
だから、話し合いの終わりは、互いに共感をしたのではなく、どちらかが「負けた」という事なのです。
その勝った、負けたって、夫婦にとっては、一番遠い所にあるものだと思います。
そして 話し合いをして、相手が言葉を飲み込んで、黙った事を、理解してもらえたと考えがちですが
本当は、相手は言葉を飲み込んだか、諦めたという事が多いのです。
だから、相手が黙ったという事は、別の意味で言うと、「勝負あった」という事になります。
でも、貴女は夫に勝ちたかった訳ではないはず。
でも、夫には、負けたという感情が芽生えている事も少なくありません。
それは何故か?
それは貴女の話し方が感情的だからです。
だから、その話し方から感情の部分を引き算すると、少なくとも貴女の「怒り」の部分は削除できると思います。
叱るのはなく注意する
怒るのではなく、説明する
嘆くのではなく、解決策を提案する。
ここに注意すると、夫婦の会話の質がグレードアップします。
では今日はここまで。