後ろめたさ
今日は、少し悩みの「脳」についてお話します。
「脳」と「悩」
この二つの字はよく似てますよね
少し小学生問題のような書き方ですが、この違いが判ると、悩みの正体が分かります。
まず、「月偏」も「忄(こざと)偏」も漢字の部首、偏の一種です。
ここでの月偏は、お月様の月ではなく、肉付きの肉が変化して月になりました。
従いまして、「服」などの、月偏とは区別されます。
月偏の右側には、身を表す文字が来ます。
また「忄」は「心」の字を立てて偏にしたもので忄偏は「思い」などの下に心がある物を「⺗(したごころ)」と称しますが、どちらも「心」の部首に属します。
つまり脳は、脳機能と言われるように、一種の臓器であり、それは生体的な意味を持ちます。私的な解釈ですが、「考え癖」とか、
こんな風に作用するという「動き」と捉えています。少しふざけた関西風な言い方をすれば、脳もホルモン焼きではないですが、焼いて食べられる形のある物と考えています。
それに比べ、悩みという字の悩はどちらかと言うと、「思い」という感情の部分だすれば形が無いものと捉えています。
で、ここからが、夫婦の問題に取り組むときに、覚えておいて欲しいのが「身体の面」「心の面」を分けて考えた方がいいという事です。
つまり、相談者の多くは、考えた事と感情が混同していて、整理が付かない状態になっているのです。
夫が浮気をしたことは、私を愛していないから、と悩む妻がいます。
でも、「妻を愛してないから浮気をしたのか」と、夫側に質問すると、「決してそうではない」と言います。
では、何故浮気をしたのかと意味を問うと、おおかたの男性は「よく分からない」と言うのです。
要は、身体の欲求、身体が動いたのです。
そこには、自分に正直に動いたとは言え、それは身体の欲求に正直に行動したという事です。
でも、理屈っぽく言えば、身体の中に心があり、一緒じゃないかと妻の相談者は嘆きますが、ここは心と体を混ぜてしまっているけれど、男性は、心という上半身、
身体という下半身。
これは別々とはいいませんが、時々、下半身の方が、単独行動を起こすのです。
男性は自分でもそこに、心が追いついていない事は、冷静になって、やっとわかるというくらいです。
その段階で、妻にバレたら、心の部分の表現しかできなくなります。
保身に回る夫であれば、妻を責めます。
まだ妻と一緒に生活をしたいと思っている夫であれば、「出来心」と心のせいにします。
つまり、妻の質問は「心の部分」に問いかけるばかりだからです。
浮気をする時は、常軌を失していると考えると、動物的に本能のまま動いていると言っても過言ではありません。
本能しかないような、野生の動物に、常識を問うでしょうか?
サバンナにいる弱肉強食のライオンに、弱い者いじめはだめよ、と道徳の本を読む様なものです。
こんな風に書くと、夫はそんな野蛮じゃありません、と憤慨されるかもしれませんが、浮気をしている最中は、男性なんてアニマルそのものです。
特に何度も浮気を繰り返す夫は、本能のまま生きているので、「狩猟気質」つまり、ハンターです。
追い求めて、射止める事が楽しいのです。
獲物そのものを深く愛している訳ではないのです・
だから、相談者の質問で多いのは、「今の浮気相手と別れさせたとしても、また繰り返すのではないですか?」と問われます。
残念ながら、そういう傾向はあります。
しかし、男性本能というのは、他の物に置き換える事が出来ます。
つまり、満腹のライオンは、狩りをしないように、空腹になったら、狩りをするのです。
でも、妻にしたら、「そんな浮気なんてする夫の、腹を満たしてあげるほど、私は許してはいない」
となると、妻との冷たい関係が続き、また腹は減るという構図を作ります。
私の所で考えないといけないのは、ここなのです。
肉付き偏の肉の部分、本能の身体をつかさどる脳は男性ホルモンに対して忠実です。
それなのに、妻は夫に対して、浮気を制する時は、「子供達のパパとして恥ずかしくないの?」とか「家族をもっと顧みて」という風に
倫理観や、家族愛の話に持って行きます。
これは、馬の耳に念仏
暴れる下半身にお経。
妻の貴女が、辛くて悲しい、という気持ちは分かります。
でも、それは上半身にあるハート、心で捉えた感情です。
しかし、浮気をする夫は下半身の本能で動いています。
今日の結論から言うと、「上半身の心」と「本能の下半身」は対話できない、という事です。
でも、諦める必要はありません。
こうした事を学ぶと随分と心が軽くなります。
ここを一緒に考えていきましょう。
また、こういうお話が出来るオンラインサロンを考えています。
近々、お伝え出来たらな、と思っています。
では、今日はここまで。